【随想】小説『N』道尾秀介
Nを読みました。
久しぶりの道尾秀介。
文章に安定感がある。
読みにくさみたいのを感じない。
好きな章から読んでいい。
1章ごとに逆さまに印刷されているので、本をひっくり返しながら読まなくてはいけない。
読む順番によって、720通りの物語が表れる。
というのがウリの小説なのだが、
このギミックは弱かった。
ありそうで意外とない面白い試みなのだが、
ハードルばかりが上がってしまい
想像の域を出ることはなかった。
まあ、そうなるよね、という感想。
似たようなギミックだと
「いけない」の方がよくできていた。
場所と時間は一つなのだが、
章ごとに視点人物が変わっていき、
最後まで読むと事件の真相が立ち現れてくるというもの。
「N」は、場所と時間も結構飛ぶので、
まさにバタフライエフェクト的(話に蝶が出てくる)な確率で
物語がリンクする。
同じ人物を違う章でも登場させることで、
別の人、別の物語から見たら、その人のまた違った一面を見ることができる。
人には色んな側面があり、
切り取り方でその人の印象も全然違って見えるというのはその通りなのだが、
もしこれをやるとしたら、
他の章を読んだ時に感じたある人の印象が
別の章を読んだ時にまったく違う人のように感じるくらいの大きな変化がほしかった。
この本では、
他の章で出てきた人は、
別の章でもその人であった。
裏切りは特になかった。
そして、そもそもミステリーではない。
道尾秀介は、ミステリー以外も書くのか。
ミステリー作家の印象が強かったので、そこも一つ物足りなかった。
なので、読む順番とかは、もはやどうでも良いんじゃないかと思ってしまった。
ちなみに、自分が読んだ順番は…
まず、普通に第1章「名のない毒液と花」を読んだ。
犬が出てくる。
登場人物は謎が多い。
江添も、吉岡もあまり思考や人となりが見えないまま終わる。
主人公は、教師である吉岡の奥さん。
他の章で主人公になる飯沼くんについての話。
次に読んだのは、第6章「眠らない刑事と犬」
犬繋がりで読もうと思った。
江添が出てくるが、別の物語だった。
主人公が眠らない刑事=小野田の方だった。
動植物や子供がよく出てくるのは、道尾さんだなと思う。
2章分を読んで江添という人物が立体的になった感じはしなかった。
吉岡と江添が友達になったエピソードが弱い。
続いて第2章「落ちない魔球と鳥」
冒頭を読み、子供が登場する話だったから、
第6章と繋がっているんじゃないかと思い読んだ。
しかし全然関係ない子供の話しだった。
第6章の冒頭で江添が捕まえようとしていたヨウムが出てくる。
ヨウムを飼うことになった少年と
ヨウムを飼っていた少女の物語。
ここで第4章で過去が描かれる錦茂というカツオ漁のおじさんが出てくる。
主人公の2人は他の章に出てこないので
この話はあまりどの話とも繋がっていない。
少年少女はたくさん出てくるので
誰が誰だかわからなくなってくる。
次に第3章「笑わない少女の死」
少女繋がりで読んだのだっけな。
英語教師の新間先生が、ダブリンへ旅行に行った時
オリビアという女の子から物乞いを受ける話し。
新間先生はオリビアの過去を知らない。
オリビアの過去は第5章で描かれる。
新間先生は別の章でちらっと登場するくらいなのでこれまた章ごとの繋がりは弱い。
第5章「消えない硝子の星」
今度はオリビアの過去が、第1章に登場した飯沼くんの視点で描かれる。
飯沼くんは大人になって
ダブリンで終末期医療に従事している。
ウランを含んだ石(シーグラス)を探す話。
オリビアとおばさんとの関係。
第3章でオリビアがなぜ
あんなにも取り乱したのかがここで分かる。
そして最後、第4章「飛べない雄蜂の嘘」
冒頭を読むだけでは、どの物語とも連続していないように見える。
途中から登場してくる男が
錦茂であることが分かる。
第6章でちらっと出てきたカツオ漁のおじさんだ。
おじさんの過去編である。
しかし主人公は別の女性。名前が分からない…
錦茂は、第2章で何かあるように描かれていたので
ここでそういう過去があったのかと分かる。
しかし
吉岡とか割と重要そうな人が、
他の章で描かれないというのが、
なんとも消化不良であった。
あ、この関係ない人を描くんだ…
もっと知りたいと思っていた人でない人を描かれると、
完全に独立した別の短編を読んでる感じになる。
錦茂と江添とオリビアと飯沼が
物語の中で一番紙幅を割かれていたが、
その人たちも人物像があまり深堀されない。
というより錦茂と江添は
第三者視点で描かれるので
謎多く残したまま終わる。
飯沼は主人公の章があり
何を考えているか思考が読み取れるので
人物としての愛着は出る。
また、オリビアも第三者視点ではあるが
感情豊かに飯沼と触れ合うので
愛着がわく。
しかしそれ以外の人の
人物造形がわりと紋切型に感じてしまい
あまり記憶に残らなかった。
この本を読んで良かったことは
ルリシジミとか
ドクニンジンとか
ウラン硝子のシーグラスとか
フォークボールとか
セイヨウヒイラギとか
イチジクコバチとか
ヤマモモとか
SOSの由来とか
ヨウムとかの
豆知識を得られたことであろうか。