連載:「新書こそが教養!」【第72回】『ペアレントクラシー』
2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。
現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!
「親ガチャ」社会の教育現場
1996年10月20日、「中選挙区制」に代わって「小選挙区比例代表並立制」による衆議院選挙が初めて実施された。それ以降の総理大臣は、橋本龍太郎→小渕恵三→森喜朗→小泉純一郎→安倍晋三→福田康夫→麻生太郎→鳩山由紀夫→菅直人→野田佳彦→安倍晋三→菅義偉→岸田文雄と引き継がれてきた。
この12人の中で二世や三世でない政治家は菅直人・野田佳彦・菅義偉の3人だけである。つまり、「小選挙区比例代表並立制」が始まって以来の26年間、日本の総理大臣のうち9人つまり75%は「世襲」政治家だったわけである!
2018年の第2次安倍内閣では「世襲」の閣僚が6割を超えて大きな話題になった。現在も国会議員の3割が「世襲」であり、地方議員でもその割合は増え続けている。まるで大名時代のように、殿様が引退すれば子が地盤を引き継ぎ、その親子を支える家臣の利権も、家臣の子に引き継がれる。小選挙区では一人しか当選しないため、地盤を引き継ぐ候補者が圧倒的に有利である。
そもそも立候補するためには、世界一高い供託金(小選挙区300万円・比例区600万円)を準備しなければならない。たとえ真摯に世の中を改善したいと願う有意な人材がいても、立候補そのものが困難なのが日本の現状である。逆に、有力議員の子というだけで、信じ難いほど無能で無教養、あるいは倫理観の完全に欠如した人物が、堂々と議員や大臣になってしまうこともある。
本書の著者・志水宏吉氏は1959年生まれ。東京大学教育学部卒業後、同大学大学院教育学研究科修了。大阪大学助手・講師・助教授、東京大学助教授などを経て、現在は大阪大学教授。専門は教育社会学・学校臨床学。著書に『学力を育てる』(岩波新書)や『公立学校の底力』(ちくま新書)などがある。
さて、現在の日本では、政治家に限らず、芸能人や音楽家やスポーツ選手をはじめ、あらゆる分野で「二世化」が進行している。彼らは生まれながらにして、一世の知識と技能、モチベーションの高さと経済的豊かさ、人間関係とネットワークを引き継ぎ「サラブレッド化」される。その結果、とくに教育の世界で多様な「格差化」が広がっているというのが、本書の指摘である。「アリストクラシー(貴族支配)」から「メリトクラシー(業績支配)」を経て、「ペアレントクラシー(親支配)」時代に突入したというわけである。
教育現場では、「一人一人が等しく大事にされている」ことを示す「公正(equity)」と「一人一人の力を向上させることができている」ことを示す「卓越性(excellence)」の二つの概念が競合している。子どもの学力を考える際、「公正」から「格差是正」、「卓越性」から「水準向上」が具体的に望まれる。
本書で最も驚かされたのは、教育において第一に重要なのは「公正」であり、その後に「卓越性」が追求されるべきであり、「公正無視の卓越性は危険きわまりない」と志水氏が現状を批判している点である。子どもたちの「卓越性」は、単に学力に限らず、スポーツや音楽や芸術、外国語やコミュニケーション能力、手先が器用とか発想がおもしろいなど、多元的に測られなければならない。たしかに、個性を尊重する「公正」が満たされて、多元的な「卓越性」も伸ばせたら、「ペアレントクラシー」を打破できるかもしれないが……。
本書のハイライト
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