連載:「視野を広げる新書」【第21回】『詭弁社会』
2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。
現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!
「ウソ」と「詭き弁べん」という「二匹の怪物」
「【聞かれても答えない国家】国会の答弁拒否。過去最高を更新中。#お答えを差し控える」という立命館大学産業社会学部准教授・桜井啓太氏のポスト がX(Twitter)のタイムラインに流れてきた(@sakuey、2024年1月27日付)。
桜井氏は「いつからこんなに国会は答えなくても許される場所になったのか?」という疑念から「国会会議録検索システム」を利用して「お答えを差し控える」と類似した答弁拒否の回数を集計した。すると、1970年度は年間「7回」に過ぎなかった答弁拒否が次第に増加し、2023年度には「602回」と過去最高を更新したというのである。1970年~昨年の棒グラフを見ると、とくに最近の過去10年間の安倍晋三・菅義よし偉ひで・岸田文雄内閣で明らかに大幅に増加している。
2020年12月、衆議院調査局は、当時の安倍首相が2019年11月~2020年3月の5カ月間に「事実と異なる国会答弁を118回していた」と発表した。安倍氏は「桜を見る会」に関連する33回の国会答弁で、①事務所の関与はない(70回)、②ホテルからの明細書はない(20回)、③補ほ塡てんはしていない(28回)と合計118回の「虚偽答弁」を繰り返したのである。さらに、当時の官房長官・加藤勝信氏は、「何をもって虚偽答弁というかは、必ずしも固定した定義が国会の中であるとは承知していない。使われる文脈によって判断される」と弁解した。
そもそも2012年の衆議院選挙では、定数480議席に対して自民党が294議席、公明党が35議席を獲得した。両党で3分の2以上を占める圧勝であり、その状況は今も変わらない。政府与党は、数の力で審議を押し通すことができる以上、何事も真摯に議論するつもりなどなくなったようである。だから首相をはじめとする大臣らが「答弁拒否」や「虚偽答弁」で、のらりくらりと逃げ回る。
本書の著者・山崎雅弘氏は、現代の日本社会は「ウソ」と「詭弁」という「二匹の怪物」がうろつく「詭弁社会」だという。本書は、とくに過去10年間に政治家が用いてきた「丁寧に説明する」「誤解を与えたならお詫びする」「〇〇に当たらない」「〇〇の考えはない」「期限は書いていない」「記憶にありません」「始まったからには東京五輪に応援を」「安全・安心」「任命・任命権」「承知していない」といった詭弁の数々を綿密に分析し、その根底に潜む欺瞞を暴く。
さて、私自身、「論理的思考・批判的思考・ロジカルコミュニケーション」の必要性を大学やカルチャーセンター、そして何冊もの著書で説いてきているので、政治家に限らず、マスコミやSNSに蔓延する日本の「詭弁社会」を危惧する気持ちに変わりはない。とはいえ、この状況を実際に打破するのは容易ではない。
本書で最も驚かされたのは、真珠湾攻撃の4カ月前、陸軍・海軍大佐をはじめ、外務省・内務省・大蔵省・農林省・商工省の課長以上による「総力戦研究所」が、日米戦争が勃発した際の詳細な極秘報告書を首相官邸に提出していた事実である。この報告書は、「最初の数年間は日本が優勢を確保できるとしても、短期決戦で終結させられる見込みは薄く、長期戦となれば日本の国力が急速に疲弊し、最終的には敗北するので、対米戦は行うべきでない」と、実に正確に戦争の帰結を予測していた。ところが、陸軍大臣・東條英機は、「日露戦争で日本が勝てるとは誰も思わなかった。戦争では、予想外のことが勝敗を左右する」と、当時のエリートたちが客観的に導き出した予測を神かみ憑がかりの詭弁で一蹴し、日本を破滅に向わせた。この種の詭弁が社会を崩壊させるのである!
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