連載:「新書こそが教養!」【第30回】『「生存競争」教育への反抗』
2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。
現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!
アリストテレスの「スコレー」と現代日本の「生存競争教育」
古代ギリシャ時代の哲学者アリストテレスは、多彩な分野の知識を数百巻の書物に体系化したため「万学の祖」と称される。彼の名前は、今でも哲学、論理学、倫理学はもちろん、政治学、詩学、演劇学に登場する。さらに彼の「自然学」は、現代の物理学、天文学、生物学を包括する超大作である。
彼の「自然学」に含まれる「動物誌」は、520種類の動物を「有血」(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)と「無血」(昆虫類、甲殻類、有殻類、軟体類)の特性で細かく分類している。彼は、ウニ類の形態を精密に観察し、その口器が古代ギリシャ時代の「提灯」に似ていると書き残した。そのため、ウニ類の口器は「アリストテレスの提灯」と呼ばれるようになった。
アリストテレスは、人間を「知を愛する」動物とみなした。そして、まさに彼自身が62年の生涯にわたって知を愛し続けた。彼は、世界で生じる現象すべてに知的好奇心を抱き、根拠や理由を探究し、分類整理して体系化した。
彼は、人間の「幸福はスコレーのうちにある」と述べている。古代ギリシャ語の「スコレー」は「余暇・閑暇・ゆとり」を指示し、これがラテン語の「スコラ」(学校)を経由して、英語の「スクール」(school)に変化した。
つまり、アリストテレスによれば、人間は知を愛する動物であり、人間の幸福は余暇のうちにある。「学校」の語源は「知を愛するための余暇」であり、本来は、そこにいる学生は「幸福」であるはずだということになる!
本書の著者・神代健彦氏は、1981年生まれ。広島大学総合科学部卒業後、一橋大学大学院総合社会科学研究科修了。一橋大学・日本女子大学非常勤講師などを経て、現在は京都教育大学准教授。専門は教育学・教育史。著書に『道徳教育のキソ・キホン』(共編著、ナカニシヤ出版)や『悩めるあなたの道徳教育読本』(共著、はるか書房)などがある。
さて、日本の教育は、アリストテレスの理想から遥かに逸脱したように映る。現代の日本で求められている教育は、「生きる力」(文部科学省)、「人間力」(内閣府経済財政諮問会議)、「就職基礎能力」(厚生労働省)、「社会人基礎力」(経済産業省)、「エンプロイヤビリティ」(日本経営者団体連盟)など……。
神代氏は、これらの「生きる力の教育」を「生存競争の教育」と位置付け、それに「反抗」すべきだと主張する。「本書が提案したいのは、わたしたちの社会の教育を『ゆるめる』ことだ」から始まる本書には、教育家族、教育依存や教育思想などの視点から、現代の「張りつめた」教育が批判される。
本書で最も驚かされたのは、「教育に過剰な期待を寄せるな」と主張する一方で、その過剰な期待から解放された教育に未知の「世界と出会う」という期待を寄せる著者の矛盾であり、その矛盾に著者自身が気付いている点である。
要するに、昔の学校は「役に立たない無駄なこと」を教えたが、今の学校は「人生の成功」に役立つことを教える。現代の学生は、一生の「平日の仕事」に就くための「生存競争教育」で張りつめているが、本書は、それをゆるめて、「かけがえのない休日の過ごし方」の教育を再提案するというわけである。
本書のハイライト
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