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連載:「視野を広げる新書」【第36回】『生命と非生命のあいだ』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

待ち遠しい「ドラゴンフライ計画」

「生命の起源」に関しては多種多様な議論があるが、多くのデータを検証した結果、時期的には今から約44億年前の地球に最初の生命が誕生したという点でおよその意見が一致している。この時点の原始地球の大気は、主として水素とメタンとアンモニアであり、そこに彗星や小惑星が衝突を繰り返した。とくに水分を含んだ大量の隕石が落下した結果、海が形成されたと考えられている。

1953年、シカゴ大学の化学者スタンリー・ミラーは、水素とメタンとアンモニアを無菌化したガラスチューブ内に入れて水蒸気を循環させ、火花放電を継続して行ったところ、1週間後にガラスチューブ内に数種類のアミノ酸が生成された。つまり、原始地球の大気と雷の生じる疑似状態を実験室で再現したところ、無機物から有機物が生じるという画期的な実験結果が得られたわけである。

ところが、それから70年以上、原始地球の状態を再現する実験が世界中で何度も実施されてきた結果、たしかにアミノ酸のような低分子有機物はいくらでも生成されるが、それらが重結合したタンパク質は、ただの一度も生成されていない。そもそもアミノ酸は50個以上繫がらないと、タンパク質にならない!

つまり、アミノ酸からタンパク質に進化するためには、大きな「飛躍」が必要である。そのうえ、原始地球にはオゾン層がなく、紫外線や放射線が降り注いでいたため、アミノ酸が安定して複雑な有機化合物に進化すること自体、不可能ではないかという強力な反論もある。「自然発生説」の強固な批判者として知られるケンブリッジ大学の物理学者フレッド・ホイルは、地球で生命が自然に誕生した可能性は「がらくた置き場の上を竜巻が通り過ぎたら、そこにジャンボジェットが組み立てられていたというくらい、ありえない話だ」と主張する。

ホイルは、地球上に生命が自然発生した可能性がない以上、原始生命は宇宙で誕生し、それが彗星の衝突や隕石で地球に運ばれたと考えた。宇宙には「あまねく存在する生命の種」があるという彼の発想は、古代ギリシャ語の「パン(すべての)」と「スペルマ(種)」を結合して「パンスペルミア」説と呼ばれる(この説の詳細は拙著『20世紀論争史』(光文社新書)をご参照いただきたい)。

アミノ酸は原子が立体的に組み合わさった分子で、左型と右型のように鏡像関係にある「鏡像異性体」が存在する。もしこれが地球で自然発生したならば、どちらも同量になるはずである。実際にミラーが実験室で自然発生させたアミノ酸は、どれも左型と右型がほぼ同量になっていたし、他の再現実験でも同じような結果が出ている。ところが、地球上の生命を構成するタンパク質は、すべて左型アミノ酸になっている。しかも、隕石から発見されたアミノ酸も左型ばかりだから、これを「パンスペルミア」の有力な証拠とみなす考え方もある。

生命の起源は地球にあるのか、宇宙にあるのか。生命誕生は奇跡なのか、必然なのか。本書は、NASAが「地球および地球外における生命の起源・進化・分布と未来を探る」と定義する「アストロバイオロジー」の見地から、「RNAワールド」「生命スペクトラム」といった最新の概念を明快に興味深く解説している。

本書で最も驚かされたのは、2028年に打ち上げ予定のNASAの「ドラゴンフライ計画」である。探査機は2034年に土星の衛星タイタンに着陸し、有機物を検査する。タイタンは濃い窒素とメタンの大気を有し、原始地球と酷似した状況にある。もしタイタンで地球外生命が発見されたら、科学に大革命が起こる!

本書のハイライト

本書で扱うような生命の起源やアストロバイオロジーを研究していると、それが何の役に立つのか? ということをたびたび問われてきました。私はアストロバイオロジーの最大の役割は、地球や地球生命を宇宙から眺めることにより、客観的に自分をみつめられるようになることだと思っています。地球以外にも生命を宿す星がたくさんあり、それぞれが独自の生命システムを持っていて、それらのなかには知性を発展させたものもあるとしたら、この小さい地球上に勝手に線を引き、政治や宗教で壁を築いて争うなど、なんと空しいことでしょう。(pp. 293-294)

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高橋昌一郎
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