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連載:「視野を広げる新書」【第30回】『国際情勢でたどるオリンピック史』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

オリンピックの魅力と腐敗

普段はテレビを見ない私も、オリンピックが始まるとテレビの前から離れられなくなる。1964年の東京オリンピックを見た評論家の小林秀雄は、「こんなに熱心にテレビを見たことは初めてである。オリンピックに特に関心があったわけではなかったのでこれは自分にも意外な事であった。オリンピックと聞いて嫌な顔をしていろいろ悪口を言っていた人も案外テレビの前を離れられないのかも知れない」と語っているが、まさにその通りである。なぜそうなるのか?

小林は『私の人生観』で次のように述べている。「カメラを意識して愛嬌笑いをしている女流選手の顔が、砲丸を肩に乗せて構えると、突如として聖者のような顔に変わります。どの選手の顔も行動を起すや、一種異様な美しい表情を現す。……選手は、自分の砲丸と戦う、自分の肉体と戦う、自分の邪念と戦う、そして遂に征服する、自己を」。つまり私たちは、恐ろしいほどの修練に耐え抜いて「自己」を克服した「聖者」たちの世界に惹きつけられているのである。

オリンピックの各種競技には厳格なルールが定められ、各国から選び抜かれた一流選手だけが参加し、勝敗を競うことができる。1894年に「国際オリンピック委員会(IOC: International Olympic Committee)」を創設した「近代オリンピックの父」ピエール・クーベルタンは、オリンピックについて、「勝つことではなく、参加することに意義がある。人生において重要なのは、成功することではなく、努力することである。重要なのは、勝ったか否かではなく、よく戦ったか否かである」という趣旨の言葉を残しているが、これが真髄であろう。

古代オリンピックは、ギリシャの全能神ゼウスに捧げられ、「オリンピア大祭」と呼ばれた。紀元前776年の第1回大会から393年の第293回まで、なんと約1200年間も途切れることなく開催されている。大会は4年おきにペロポネソス半島北西部の聖地オリンピアで開催され、5日間にわたって徒競走・円盤投げ・幅跳び・槍投げ・レスリング・ボクシング・競馬・マラソンなどの競技が行われた。競技場は4万人を収容できたというから、現在の競技場に引けを取らない。最終日には表彰式が行われ、勝者には「オリーブの冠」が授与された。

紀元前146年、ローマ帝国がマケドニアとギリシャの都市国家群を全面的に征服し属州としたが、「オリンピア大祭」は支援して継続させた。しかし、やがて優勝した選手には出身の都市国家から莫大な金銭が支払われるようになり、その報奨金を目当てに不正を行い、審判を買収する選手も現れるようになった。

本書で最も驚かされたのは、古代オリンピックが消滅した直接的な原因は、392年にローマ帝国がキリスト教を国教と定めてゼウス神の異教祭祀を禁止した事実にあったとはいえ、その段階ですでに「腐敗」が進んでいたという著者・村上直久氏の指摘である。本書は、近代の冷戦下におけるボイコットやテロやナショナリズムとオリンピックの関係を多角的に分析し、課題解決の方法を探る。

2021年に開催された東京オリンピックは「金まみれ・利権まみれ・ウソまみれ」だったことが数々の贈収賄事件の有罪判決によって明らかにされつつある。その招致活動の先頭に立ってきたのが、安倍晋三元首相である。そもそも開催都市が主導するオリンピックに首相が前面に出てくること自体が異様だった。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で、ゲーム・キャラクターの「マリオ」に扮した安倍氏の「浮かれた軽薄な姿」に「腐敗」のコマーシャリズムが表れていた気がする。

2024年7月24日から始まるパリ・オリンピックは、各国選手団ボートがセーヌ川をアスリート・パレードし、観客は無料で川沿いの開会式を観ることができるという。「聖者」たちによる純粋なオリンピックを楽しみたいものである!

本書のハイライト

オリンピックは様々な問題をはらみながらも、巨大化の一途をたどり、「観衆スポーツ」の底知れない魔力もあり、それと絡み合って人々を惹きつけてやまない。そして国際情勢の動きに影響を受けるだけでなく、国際政治の一つの有力な「アクター」「プレーヤー」となった側面もある。本書は、国際情勢に翻弄されるとともに、国際情勢を動かす一因ともなるオリンピック運動を様々な切り口から大まかな通史として提示することを目指したものだ。(p. 12)

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高橋昌一郎
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