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連載:「視野を広げる新書」【第37回】『経済学の思考軸』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

「効率性」と「公平性」の二本立て構造

読者が小学生だとする。先生が「お楽しみ会」のゲームを2つ提案した。「第1のゲーム」は生徒が各自サイコロを振って、偶数ならばキャンディを貰えるが、奇数ならば何も貰えない。「第2のゲーム」は生徒の中から代表を選び、その代表がサイコロを振って、偶数ならば全員がキャンディを貰えるが、奇数ならば全員が何も貰えない。なお、この代表はくじ引きで選ぶとする。先生が第1と第2のどちらのゲームをやりたいかと尋ねた。読者はどちらを選ぶだろうか?

私の家族に尋ねたところ、妻と長女は即座に「第1のゲーム」と答えた。なぜなら「自分でサイコロを振りたい。それなら勝っても負けても納得できるから」である。ところが長男は「第2のゲーム」と答えた。その理由は「面倒くさいから」である。「仮に40人のクラスで全員がサイコロを振って答えを報告するだけでも時間が掛かる。中には奇数が出たのに偶数だとウソを言ってキャンディを貰う生徒もいるかもしれない。くじ引きも面倒なので、委員長が代表を務める。その代表が皆の目の前でサイコロを1回振れば簡便に済む」わけである。

さて、本書によれば、この実験の意義は「リスク回避」と「格差回避」を区別できる点にある。まず「第1のゲーム」も「第2のゲーム」も生徒がキャンディを貰う確率は同じ50%である。つまり個人の「所得変動」のリスクに対する「リスク回避」は同等とみなせる。ところが「第1のゲーム」ではキャンディという「所得」を得る生徒と得ない生徒が発生して「所得格差」が生じる。

実際にこの実験を行ったところ「過半数」が「第2のゲーム」を選んだそうだ。そこから「生徒たちは自分の所得変動リスクだけでなく、クラスメートの中で格差が生まれることを嫌っている」すなわち「格差はよくないことだと感じている」と結論できるというのだが、果たしてそこまで飛躍してよいのだろうか?

本書には「よく似たタイプの実験はほかにもいくつか試みられ、学術論文として発表されています」と書いてある。しかし、私がこのゲームの部分を読んで気になったのは、そもそもなぜ6通りを生じさせる「サイコロ」を使うのか、表か裏かの「コイン」を使う方が明快ではないかという点だった。いずれにしても、私の家族4人は、誰一人として「格差」については考えていなかった!

本書は、「経済」を「経世済民(世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと)」とみなし、限られた資源をいかに配分するかという「効率性」と、その資源を困っている人々に配分して格差を小さくする「公平性」との「二本立て構造」と捉える。しかし、多くの経済学者は「効率性」を重視して「経済成長」を追究し、「公平性」のための「社会保障」を「後回し」にする。著者・小お塩しお隆たか士し氏は、本来は同時に議論すべき二本の評価軸が一方的に偏る状況に警鐘を鳴らす。

本書の特徴は、「教科書では教えない市場メカニズム」がどのようなものか、可能な限り経済用語を使わずに説明し、「医療保健」や「教育市場」、「人口減少」に対する「政府介入」など、「経済学の思考軸」の俯瞰図を見せることにある。

本書で最も驚かされたのは、一橋大学で教鞭を取る小塩氏が、「授業で経済学を教えていて、『これは、いくらなんでもウソだろ』と思っているテーマが幾つかあります」とか「正直なところを言うと、筆者はこの中位投票者仮説を授業で説明するとき、心底から納得して話しているわけではありません」などと、経済学そのものに鋭い疑問を呈している点である。「学者としてははなはだ落ち着きのない雑食派」と自称する筆者の率直な経済学への疑念には共感できる!

本書のハイライト

この本では、経済学という学問がどのような“ものの見方”をするのか、それは人々の一般的な発想からズレているのか・いないのか、そして、そこにどのような限界があるのか、という問題を取り上げて議論していきます。大学で教えられ、教科書に説明されている内容を、議論を進める上での一応のベースとしますが、本書ではしばしば“脱線”し、むしろそちらのほうに力を入れたつもりです。授業でも、脱線した話のほうがあとあと記憶に残りますし、教える方も楽しいですからね。(p. 4)

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高橋昌一郎
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