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連載:「視野を広げる新書」【第40回】『ナチズム前夜』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

ワイマル共和政の終焉

1934年8月2日、ワイマル憲法下のドイツでは、パウル・フォン・ヒンデンブルク大統領の死去により、アドルフ・ヒトラーに首相権限に加えて大統領権限が委譲された。8月19日に実施された国民投票では、ヒトラーを最高指導者としての「総統(Führerフューラー)」と認める賛成票が89.9%(投票率95.7%)で可決された。ここにワイマル共和政は崩壊し、ヒトラーの完全な独裁体制が成立した。

この結果だけを見ると、ドイツ国民は「民主的」な選挙によって「独裁制」を自ら選択したということになる。ただし、この時点でナチス内部の反ヒトラー勢力は粛清され、ナチスに抵抗する自由主義者や共産主義者は、ミュンヘン郊外に完成したばかりのダッハウ強制収容所に収容されていた。ドイツ国民は、もはや他に選択肢がない一方的な政治状況に誘導されていたとも考えられる。

第1次世界大戦で敗北したドイツは、1919年8月、それまでの帝政を廃止して、「20世紀民主主義憲法の典型」と呼ばれる「ワイマル憲法」を制定した。ワイマル憲法は、ドイツ国を「共和国」と定め、国民の「基本的人権」を認め、「国民主権」に基づく理想の「民主主義」を掲げた。その民主的統制を実現するために「大統領制」と「議院内閣制」が均衡を図るように工夫されていた。

本書は、この「ナチス前夜」のドイツで何が生じたのか、とくに「政治的暴力」に焦点を当てて綿密に分析する。著者・原田昌博氏は、共和政前期「体制転覆志向型暴力」(国家レベルで政治と暴力が結合する段階)、中期を「党派対立型暴力」(政治的暴力が社会に浸透する段階)、末期を「国家テロ型暴力」(国家レベルで政治と暴力が再結合する段階)と名付け、歴史的事件を通して俯瞰する。

本書で最も驚かされたのは、ワイマル政府がナチスの進出を懸命に食い止めようとしていた事実である。1930年6月、プロイセン州政府はナチスに対する「制服禁止令」を発令した。「公共の安寧、安全と秩序のため」に、「通常の市民の服装から逸脱した」ナチスの党制服の「公共空間での着用を禁止する」というもので、「いわゆる突撃隊、親衛隊およびヒトラー・ユーゲントへの所属を外見上示すもの」として「装飾品(たとえば腕章)」なども禁止している。翌年には「大統領緊急令」も発令されたが、ナチスの勢いを阻止できなかった。

1929年の世界恐慌以降、不景気のどん底にあったドイツには、400万人を超える失業者が溢れていた。ところが、ヒトラーは徴兵制を制定して86万人の若者をドイツ国防軍に吸収し、軍需・自動車産業や「アウトバーン」建設に多額の公共投資を行って、ほぼ1年で完全雇用を実現させた。ヒトラーは、「神聖ローマ帝国」と「帝政ドイツ」に続く「第三帝国」すなわち「理想の国家」の建国を公約し、ドイツ国民を奮い立たせた。さらに彼は「一家に車一台」を供給して「週末には家族で車に乗ってピクニック」ができるようにすると公約した。ナチス政権成立後、実際にドイツの景気は大幅に回復し、国民総生産と国民所得は、たった数年で一挙に2倍近くに膨れ上がった。ドイツ国民は、熱狂した。

ニュルンベルク裁判で最後までナチス・ドイツの正当性を主張したヘルマン・ゲーリングは、「国民は常に指導者の意のままになる。それは簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると言えばよい。平和主義者は、愛国心がなく国家を危険に曝すと公然と非難すればよい。この方法は、どんな国でも同じように通用する」と述べている。日本が「ナチズム前夜」に陥らないことを祈る!

本書のハイライト

民主主義社会において既成の体制や政治への不満を喧伝し、「敵・味方」の単純な二分法的思考により「敵」を徹底的に攻撃することで多くの支持を獲得していったナチスのスタイルは、極端な形であっても現在の社会の姿を先取りしていたといえるかもしれない。国家間で、民族間で、政治の世界で、社会の中で、われわれは今なお容易にそうした思考に陥り、声高にそうした主張を繰り返す人物や組織に惹かれてしまうからである。そうだとすると、あからさまな身体的暴力が言語的暴力に置き換えられ、街頭がSNS空間に移ったというだけで、ワイマル共和国の歴史は決して「遠い昔」、「遠い過去」の話ではない。(pp. 361-362)

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