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末摘花登場 その三 恋なんて何処にもない懸想文ブルースを語る
懸想文、初めて来ました。
しかも二通。
なんでか知らないけど二通。
う〜ん。
どちらのお方も、私と南風の音楽性とは、大分、部類が違うようですね。
はい消えた〜。残念〜。
でも、これ、返歌するのが礼儀なのだそうです。そんなの知らないから私、放置してました。
だけどさ、
「ずっとあなたが好きでした」?
揃いも揃って、平然と嘘をついて、馬鹿なの?
え、これ、返歌するのが礼儀なの?
こんなのに?
す、すいません。
とにかく私、こんな風に世間知らずでして。
これ、平安男子の定型文なんですね。知りませんでした。平安時代って深いんですね。
あ、「平安時代って」っていう言い方、やな感じでしたか?「深い」とか言って、やな感じでしたか?そ、そんなつもりじゃないです!
私、こんな感じでして、す、すいません、いろいろと。悪気はないです。
もっと言うと、以下のようなことも、当然、知りませんでした。
【平安女子必携 恋愛完全マニュアル】
ステップ一 女房らに噂を流させる。
ステップ二 それを聞いた男が垣間見してくる。
ステップ三 文が来る。返歌する。
ステップ四 三を何回か繰り返して見極める。
ステップ五 男が父兄に打診してくる。
ステップ六 父兄に合否を伝える。
ステップ七 男が家を訪ねてくる。
ステップ八 甘い一夜を過ごす。
ステップ九 後朝の文がくる。
ステップ十 男が三日間通って、結婚成立。
このような共通了解があったんですね〜。
私、寝殿に住んでいる宮家のお姫様ですから、平安女子必携、いらないのです。
寝殿に住んでいるお姫様がどういうものかというと、寝殿造りの絵図面をご覧下さい。自ずとご理解いただけましょう。
このように、お秘め様の私でありますので、恋も、結婚も、人生設計にありません。私を拝みにやってくる人はいても、懸想文を出してくる人は、普通、いないのです。
はい。寝殿。どーん。
この限られた立方体が私の全世界。
え、信じられないって?
では、私の一日をご紹介いたしましょう。
午前三時頃 陰陽寮の太鼓で起床。
自分の属星の名を七回唱えます。
暦を見て自分の運勢を確認します。
西に向かってお祈りします。
身だしなみを整えます。
午前十時頃 朝食。
自由時間。
午後四時頃 夕食。
自由時間。
午後十八時〜十九時頃 日が暮れて就寝。
え、自由時間は何してるのかって?
なにも。
はい。なーんにもしてません。ぼーっとしています。
で、宇宙。
ナチュラル・ボーン・プリンセスなので、そこまでイケます。
この完全「なんにもしない」という領域、常人には無理でしょう。並の姫君は和歌や物語など何かをして気晴らしをするそうですが、賢明な判断です。中にはお経を読むなんて大層みっともないことをしてまで正気を保つ姫君もいるようですが、やむを得ないでしょう。健康が一番ですから。
このように私には、絶対に誰もやって来ない、やって来れない、私だけの世界があります。
それは私の内に存在するようで、しかしながら私の外に確実に存在し、そしてそれは無限に広がっているのです。
過去にも、未来にも。
だから今、この瞬間のあの雲も、あの光も、あの風も、あの感情も、あの時雨も、あの振動も、あの匂いも、あの暗闇も、みんな、私がここで呼吸をして生きているだけで、そこにそうしてあるのです。
ですが、状況は宇宙とか世界とか言ってられなくなっておりまして、このままでは常陸宮家、食ってかれません。
もともと裕福ではないけれど、先年、父が亡くなってからは益々。
そんな時に身の程知らずの懸想文。
まさかの二通。
無視しても無視しても、競い合うように、バンバン、来る来る。
なんて不屈。
なんて勇気。
しかもビッグネーム、源氏と藤原。
なもんですから女房たちは、今めかしい公達のまばゆさも相まって、あれがなってない、これがなってないと、いやらしい黄色い声でピーピーピーピー、こちらは宮家で御座いますと誇り高く駄目出ししながら、なめられたらあきまへん、おひいさま、どちらでも宜しいですから、どうぞお好きな方へ御返事なさりませ、と腹を空かせて勧めてくるのです。
「おひいさまが殿御を持てば飯が食える!」
「やはり源氏が!」
「いや藤原が!」
「とりあえず御返事を!」
「ひいさま!」
お腹が空けばすく程、より一層、私は宇宙と繋がります。
ブオオオオォーン。良い感じです。
でもしゃーないか。三次元で食っていかなきゃならないから。
あーあ、お返事、書かなきゃ。
でも、平安男子の定型文を知らない私。平安女子の返歌にも定型文があることなんぞ、つゆとも知らず、でございます。仮に知っていたとしても嘘はいけません。
それに、白状するけど、私、学力、低いんです。頭の中はバキバキ電波なのに、アウトプットはビックリする程、ポンコツなのです。
これ見て。私が十四歳くらいの頃の成績表。今風の流行りの先生に習ってたの。
【評価】
[仮名] 書けていますが、仮名はただ書ければよいというものではありません。連綿と綴れるようにならなければ仮名未満の代物です。先ず感性を磨いて下さい。無理ならせめて墨のつけすぎに注意しましょう。
[和歌] 韻律はとても良いです。しかし宇宙は難解の上、平安歌謡に不向きです。修辞技法も使えていますが、逆に悪印象を招いています。オリジナルは諦めた方が無難です。名曲をたくさんコピーをしましょう。
けちょんけちょん。
なにより極度の人見知りで。
知らない人に何か書けったって、余計、あわわわわってなっちゃって、
無理無理無理無理無理。
で、今日も宇宙にトリップ。