桐壺登場 その十九 高麗観相師、来日!右大弁のことも語る
その十九 高麗観相師、来日!右大弁のことも語る
高麗の観相師が来日しました。当然、会いたい。決まっています。私たち、革命家ですから。
混乱を極めた朝鮮半島に突如現れい出た新国家、高麗!
その話を是非聞きたい。それに何より、我々の光る君を是非見てほしい。
でも私はもう死んでいるし、彼は帝で限りというのがあって、会いに行くことはできません。そして宇多帝の御訓戒があるので、宮中に外国人を招き入れることもできません。
そこで極秘に高麗御一行を鴻臚館へ招待しました。鴻臚館というのは外交や交易などの用件で来日した使節団のための官舎です。朱雀大路の東と西、七条にあります。その鴻臚館をこっそり私物化し、そこに右大弁を隠密に遣わしました。
右大弁?誰?
説明しましょう。右大弁とは帝の心の友です。困った時の猫型ならぬ知恵袋です。
帝の元服の折の加冠の役も、何とこの右大弁。帝がまだ「あっちゃん」と呼ばれていた、あの頃…です。
なのでこの右大弁、自然とあっちゃんの大切な光る君の後見役のようになっておりました。いい人です。頭も良いんです。光る君も大層懐いております。「右大弁のおじちゃん」と慕って仲良しです。今では略して「べんじい」です。光る君はこの右大弁の子としてお出かけしました。羨ましい!
それよりも右大弁について私はあなた方にお知らせしなければならないことがございます。何故ならこの右大弁、あなた方の世界では大人気の、あの有名な、学問の神様なのです。その学問の神様が私たちの世界では目立った出世もせず、妬まれもせず、ただの右大弁としてそこそこ楽しくやっています。あなた方の歴史の傷跡の、こういう修復の仕方がここにこうしてあるのです。
だから右大弁というのは出世の登竜門だけど、彼はずっと右大弁のままです。私たちの世界は絶対に彼を出世させません。怨霊にさせません。よって祟りは起きるはずもなく、雷も落ちません。帝が後悔の念に苛まれて苦しむこともありません。大丈夫。ずっと友達です。だって敦仁親王の加冠役はたかだか右大弁なのだから。それでいいんです。
あ、ちなみに「白紙に戻す遣唐使」は時代の流れでしたね。神様が言わなくでも皆、分かっているんですよ。さすがにね。
したがって鴻臚館、ちょっと寂れ気味。であるからして鴻臚館、勝手に使っちゃう。
今更ですが、私たちの世界とあなた方の世界は少し違うようです。いずれの御御時とは何時のことでありましょうか。そのような空々しい問いもあなた方の歴史年表の上にはありようもございますまいに。だからあの時、国風文化の風が吹いたのです。そして桐壺更衣という反逆の力業は反逆の宿命ゆえに死んでいかねばならなかったのです。
右大弁を見ていると私は感じるのです。この世界の正体を。その意識の本体を。この試行錯誤の目的を。
私たちは夢なのでしょう。肉体も、生も死も、感情も、記憶も、心も、私が私でしかない諦めも、巧妙な夢。あるのはただ、何者かの歌物語。
でもね、たとえそうであったとしても、それがどうしたですよ。あなたたちの世界もそんなものですよ、きっと。だってそういうことってあるでしょう?