桐壺登場 その十四 死後も職場復帰して、滔々と語る
その十四 死後も職場復帰して、滔々と語る
喪中の我が家に宮中より御使いがやって参りました。何と私に従三位の位を授けるというのです。
更衣なのに?
更衣なのに従三位?
生前の私は正四位でした。だって更衣ですから。それが従三位となれば女御と同格です。
で?
だから?
今更、ですよ。
まあ、今更だから可能となったんだろうけどね。
だったらするなよ、ですよ。
「さっさと消えてくれる?」(⚠「その十一 弘徽殿登場、悲しき覚悟を語る」参照)
え?なに?
さっさと消えて、骨になって、それで皆が安心したから、この期に及んで「従三位の更衣」の誕生というわけ?
ふざけるなー!
遊びじゃないんだったら、こーゆーことするなー!
私は出来立ての骨壺を国に向かって投げつけてやりたくなりました。
そう思ったのは私だけではないようで、勅使が宣命を読み上げたとき、母は「ふざ」と言いかけて黙り込みました。そしてブルブルふるえながら謹んでお受け取りになりました。
光る君が見ています。
母は私が死んで気が狂ったのかもしれません。だからあんな風に泣いたのでしょう。そして狂気は今また人為的に進行しました。しかし母には母の野心があって、その野心が母の正気を支えていたのです。光る君がそこにいるのですから。
正気?
狂気?
どちらでも一緒です。
母は私が死んだ夜、わずかに狂気から目覚めて、正気づいていたのかもしれません。だからあんな風に泣けたのでしょう。そして今またわずかに正気に返ったのです。しかしそれでも母には母の野心があって、その野心が母の狂気をささえているのです。光る君がそこにいるのですから。
そうだ、私は宮中に参内しなければなりません。
帝。私を殺したあの男。
まだです。まだ終わっていない。ここで骨壺を投げつけてはいけない。あの骨壺に私はいない。私はここにいる。
私は自分が何者か思い出しました。
私は桐壺の、従三位の更衣。
「お聞きになりまして」
「ええ、ええ、聞きましてよ」
「三位遺贈でしょう」
「すごいわよね」
「この期に及んで。さすがですわよねえ」
「消えたら消えたで、この存在感ですわ」
「あたくし、こわいわ」
はい、ここにいます。戻って参りました。浮世の職場に。
ものの本には桐壺更衣という人は器量は勿論のこと、しとやかでおとなしやかであったとか、万事控えめで優しげで素直であったとか、まったく罪の無い描かれ方ですが、そう言うのは身に覚えのある方々なのでしょう。見て見ぬ振りをした方々も同罪です。もとよりそう思っていたのか否か、今更知っても仕方ありませんが、
「私、あの方、嫌いではなかったわ」
「お可愛そうでしたわ」
「良い方でしたわ」
「前からそう思っておりましたわ」
「実は私、仲良しでしたわ」
「あら、あたくしも、ですわ」
などと、軌道修正のお喋りがここ、宮中に飛び交っております。
嘘つき!
「破廉恥女」「五角形女」「変態女」と言っていたくせに!
その一方で、こうして死んでもなお、「何と憎い女。ホント、ムカつく」と発言を貫き通す天晴なお方もいて、むしろ清々しく、誠実に存じます。
では、私はしとやかでおとなしやかとか、そうではなかったのかというと、そうでもありません。だって私は皇太子妃として育てられておりましたから。一通りの教養は身についております。当代随一と自負しております。
また、わきまえておりますから、私は「漢字の一という字も書けません」という顔をしておりました。漢字は男のもので社会のものです。女のものではありません。男は漢詩漢文の試験で官位をのぼらせていきます。
何を呑気な!それでいいの?
でも私もそれをしたい。それをすればいいのなら、私もそれをして社会に認められたい。
しかし社会は男のもので女のものではありません。だから私は「漢字の一の字も書けません」という顔をしていました。「一くらい書けるでしょ、不自然な!(可愛げのない)」というところ、また、「一くらい書けますわ、簡単ですわ、というのが頭弱気で何とも自然だ(そこが可愛い)」というところ、私は頑として「一、書けません」「すいません」「無理です」を貫き通しました。
それと最後に付け足しておきたい点が、私の生まれ持った先天的性質が真実、しとやかで素直ということです。また深窓の姫君ですから、極度の人見知りという後天的要因もございました。
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