小説家の連載 ミッション・ニャンポッシブル 第九話

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第九話

「お茶をどうぞにゃ」
「ありがとにゃ」
 ずずっ。
 猫舌の猫達には、このぐらいの程よく温い温度がちょうどいい。
「またたび茶だと酔っ払うから。これは特製茶だにゃ」
「これ美味しいにゃ!何が入ってるの?」
「猫草を炒って、ほうじ茶みたいにしたものにゃ。猫草ほうじ茶ね」
 お茶を一口飲み、またたびは美味しさに微笑む。このお茶は温かく、体も心も芯から解きほぐしてくれる。猫草茶を飲んで、令は安心した。
「それで、今日はどうしたにゃ?」
「うん、最近の悩みなんだけど、どうも感情を抑えられなくて・・・こないだママに八つ当たりされた時に、私もかっかしちゃったけど、時々そういう怒りとかを抑えられないにゃ」
 夜中に家を抜け出して、令が訪れているのは、秋田県にあるまたたびの家だった。動物病院を開いている獣医師夫婦に飼われているまたたびは、一軒家に三十代後半の獣医師夫婦、小学三年生の一人娘と一緒に住んでいた。一軒家の二階には一人娘の部屋があり、彼女と仲が良いまたたびはしょっちゅうその部屋に出入りしていた。娘の部屋には屋根裏部屋へ行けるはしご式の階段があり、それを登って屋根裏に行くと、またたびの作った診療所があった。メカ担当のアルファと一緒に作った猫用サイズの医療器具達や、飼い主の病院から失敬してきた猫用の医薬品、診察用のデスク、アルファが作った本棚には人間が使う、獣医学の医学書や、カウンセリングのための心理学書等がずらり。心理学書は、当然猫用のやつじゃなくて、人間のための本だけど。
 診察用のデスクから少し離れたところに、猫サイズのソファ、低いテーブルが置いてあり、令とまたたびはそのソファに向かい合う形で座って話をしていた。ソファの近くには、猫用の簡易キッチンがあり、小さな流し台と、その上には電気ポットとティーポットが置いてあった。お皿等も多少ある。
「にゃるほど。令ちゃんはママさんの事が大好きなんでしょ?」
「うん、ママが大好きにゃ。だからこそ、ママの事になるとどうも気持ちを抑えられなくて・・・」
「パパさんは?」
「パパ?うーん・・・元々、パパは令を甘やかしたりするタイプじゃにゃいし・・・。パパはお仕事で家を空けるから、パパはそこまでじゃないかも。パパの事も好きだけど」
 屋根裏部屋は、一人娘が赤ちゃんの頃使っていたベビー用品や、今より小さい時に遊んでいたレゴ等、古いおもちゃや赤ちゃん用品も置いてあった。令とまたたびが話し込んでいると、下から音がして、誰かが階段を登ってきた。八歳か九歳ぐらいの女の子が階段を登って現れた。白い猫の柄が描かれた、上下薄いピンク色のパジャマを着ている。肩まである少し長めの髪を、片手に巻いていた白いシュシュで器用にポニーテールにすると、女の子は二匹の猫達の方に歩いてやってきた。令と話しているまたたびの頭を撫でた。
「またたび、今日のお友達は?」
「にゃーん」
 またたびは女の子に頭を撫でられて嬉しそうにした後、女の子に向かってペンダントを渡す。ペンダントと言っても、小さなねずみの形のぬいぐるみをリボンで結んだものだ。しかしこのねずみが重要な役割を果たす。
「あーごめんごめん、あたし、これが無いと猫としゃべれないんだった」
 女の子は言われた通りそれを首にかける。
「今日来たのは令ちゃん。戦闘担当の・・・」
「あ、あたし知ってる。ママと鰹節が大好きな子でしょ?またたびが教えてくれたもんね」
 ペンダントのお陰でまたたびの言葉が通じた女の子は、令の頭も撫でた。令は自分の弱点をばらされて照れる。
 本来CATの活動は人間に知られてはいけない筈なのに、何故この女の子は令達と普通に会話しているのか。これには理由がある。
 女の子はまたたびの飼い主夫婦の一人娘・まどかちゃん。まどかちゃんは将来親の跡を継いで獣医師になり、病院も継ぐと決めている大変賢い女の子なのだった。病院の仕事が忙しい両親に代わってまたたびの世話をしたり、晩御飯を作ったりと、親の負担を軽くするためのお手伝いも欠かさない、非常にしっかりした利発な子だ。毎週土曜日には両親の雇った家庭教師に勉強を教えてもらっているが、家庭教師の必要を感じさせないぐらい、賢い。
 で、このまどかちゃん、あまりにも賢すぎて、またたびが夜な夜な屋根裏部屋に行って、首輪を通じてCATメンバーと話したり、時には猫用ジェットでやってきたメンバーの診察やカウンセリングを行っている事に気づいてしまったのである。
 実はこういうケースは時々あった。勘の鋭い飼い主や飼い主の子供に、活動内容を知られてしまうのだ。一応CATは対人間を謳う組織なので、人間の大人に存在を知られるのはまずい。そのため、大人に知られた場合は、記憶消去の効果もある麻酔銃で打つ。
 ただ、子供の場合は少し違う。周囲に言いふらしそうな口の軽い、頭の良くない子供であれ大人と同じ対応するが、まどかちゃんのように賢い子供だったら、日本支部リーダーのごん太と面談する。猫の言葉を自動的に翻訳してくれる、ねずみ型のペンダントをつけてもらって、CATの活動を見た事を他の人に言い触らさないかどうか、秘密を守れるかどうかを質問するのだ。秘密を守れないと答えた場合は、自宅に送り届けられ次第記憶を消される。秘密を守れると答えた場合は、秘密を洩らさないと言う誓約書にサインし、面談で使ったねずみ型ペンダントをそのまま支給され、猫と会話したり、CATのメンバーの活動をサポートしても良いと許可される。まどかちゃんは獣医師を目指す子供なので、またたびと一緒にメンバーの診察を行ったり、メンバーのカウンセリングに同席しても良いとごん太に許可されたのだ。ただ、まどかちゃんが成人してもこの組織に関われるかどうかは、今後の様子を見て決まるだろう。そもそも、CATの秘密を知って、関わる事を許可された子供のほとんどは、大人になる頃には忙しくてCATの事なんか忘れていくし、そうなると記憶を消されてしまうので・・・・まどかちゃんがいつまでもまたたびの仕事を手伝えるかどうかは判らない。
 話を戻す。令とまたたびがカウンセリングするのを、まどかちゃんも聞いていた。
「それに、令はお姉ちゃんになるって言われて・・・ママのお腹に赤ちゃんが居るから、生まれたら今までみたいに令だけにべったりできないし、赤ちゃんのお世話があるから今まで通りにはいかなくなるよって言われて・・・」
「それはなかなか大変にゃ」
 令の話をうんうんと聞くまたたび。
「令ちゃん、赤ちゃんができるって本当に大変な事だよ。あたしが赤ちゃんの時も、お父さんとお母さん、大変だったって」
 口を挟むまどか。
「あたしが赤ちゃんの時も、夜泣き?とかがあってすごく大変だったんだって。それに妊娠中もお酒飲めなかったり大変って。人間は、猫と違って妊娠期間が長いんだよ。子育ても二十年ぐらいかかるし。令ちゃん、今までみたいに令ちゃんのママにべったりしてたら、ママ困ると思うよ。令ちゃんもお姉ちゃんになるんだったら、しっかりしなくちゃ」
「にゃ・・・」
 子供に説教され、しゅんとなる令。まどかちゃんはまたたびの頭を優しく撫でた。
「あたしもね、またたびがあたしの家に来るって知った時、まどかは猫ちゃんのお姉ちゃんになるんだよって言われてすごく不安だった。あたし、猫ちゃんのお世話上手にできるかな?って。でも今はまたたびのお世話がちゃんとできるし、お姉ちゃんできてるよ。令ちゃんもきっと、いいお姉ちゃんになれると思うよ。赤ちゃんにとってのね」
「そっか・・・まどかちゃん、ありがとうにゃ」
 まどかはにっこりして、令の事も撫でてくれた。
 それから、令とまたたび、まどかはしばらく話した後、カウンセリングを終え、令は帰った。
 

 次の日の夜。カウンセリングで身も心も落ち着いて、戦闘準備は万全な令に、任務の命令が下った。以前ごん太達と共に訪れた、東京の野良猫達・・・今はWCATとして活動する、オレオとその子分達。彼らと協力する必要の任務だった。
 今回の任務は仙台の路地裏で、野良猫達への事情聴取。最近このあたりで野良猫に対する虐待事件がちらほら聞こえてくるので、その調査だ。
 令達が向かうと、もうオレオ達が来ていた。
「みんにゃ!久しぶりにゃ」
「元気だったにゃ?」
 令と陸がジェットから降りて、挨拶すると、オレオと、WCATのメンバー二人も照れくさそうに挨拶。
「よう、元気だったかにゃ?俺達はいつも通りだぜ」
「よー、令さん!おいら達、令さん達の教えを守って頑張ってますぜ!」
「野良猫でも世界を変えれるって教えてくれた事は感謝してるにゃー」
 微笑ましい挨拶もそこそこに、猫に対する虐待の噂が多い事への調査を開始する。
 まずは見回りだ。
 五匹の猫達は、スパイ道具を身に着けた姿で、後ろ足で立って、歩きながら話す。オレオが口を開いた。
「しっかし人間てのは、どうしてこう、野良猫ばっかり攻撃するのかね・・・よく人間のストレス発散とやらで野良猫を蹴ったり、毒入りの餌を与えてくるクズが多いがにゃ」
「だよなあ、親分」
「うんうん、親分の言う通りにゃ」
 同意するメンバー達。
 令はオレオに尋ねた。
「オレオ達は、毒入りの餌をどうやって見抜いてたの?」
「うーん、そうだなあ。ま、見知らぬ人間がくれる餌には基本、手を付けないのが安全にゃ。よく餌をくれる近所のばーさんがいたから、そういう人間だけは信用してたにゃ。人間は信用するのが難しい。だから、あんたらみたいに人間と暮らしてる奴らは、すごいにゃ」
 話しているうちに、怪しい人影を発見した。スーツ姿の若い男が、何か缶を手にしている。
 猫缶だ。しかし、猫缶の蓋は不自然に開いていて、何か怪しい薬品を入れた痕跡が見える。
 若い男は、
「にゃーん」
 と猫の鳴き方を真似て、この辺の野良猫を呼ぼうとしていた。すると数匹、野良猫がわらわら集まってきて、餌をねだっている。男は缶を地面に置いて、猫が餌に群がるのをにやにやしながら見ている。その手には何か薬品らしきものが入ったガラスの小瓶を隠し持っているのが見えた。
 最初の猫が餌を食べようとしたのを見た瞬間、オレオがダッシュで走って、猫缶に体当たりした。猫缶は勢いよく吹っ飛び、中身ごと、数十メートル先に散らばっていく。
「何するんだ?!」
 と、食べようとしていた猫が抗議すると、オレオは恐ろしい声で答えた。
「そいつを食うなあ!」
 オレオの子分達も、オレオの後に続き、食べようとした野良猫達を必死で説得する。
「食べちゃ駄目にゃ!その餌には毒がある!」
「そうだにゃ!食ったら死ぬぞ!」
 三匹の猫の必死の説得に、野良猫達は驚く。
「ええ、そうにゃの?!」
「毒が入ってるなんて信じられない!」
「怖いにゃあ!」
 突然現れた、スパイの恰好をした猫達に驚きながらも、びびって逃げようとした若い男に、令が飛びかかった。
「ぎにゃああああああああああああああ!!!」
「うわああああああああああああ!」
 令は男の顔面をひっかいて傷だらけにする。
「やめろ、このクソ猫!」
 しかし令は引き下がらない。
「嫌だにゃ!令、お姉ちゃんになるもん!負けないにゃ!」
 と猫パンチを繰り出しまくる。
 令が男と格闘している間、陸が男の持っていた小瓶を調べる。アルファから借りてきた、簡易薬物検査キットだ。アルファから使い方を聞いていた陸が、細長い検査キットに先程の餌を少し垂らすと、あっというまに検査キットの先っぽが青く染まった。
「こ、これは、ネコネムリの成分!令、ネコネムリの成分が入っていたにゃ!そいつは悪党にゃ!」
「そんなの知ってるにゃあ!」
 令は男と格闘している。陸は検査キットをしまうと、姉妹猫の応援に向かった。
「ちょいとひと眠りしろにゃ」
 足に飛びついている令をどうにかしようともがいている男の前に出て、にゃーと鳴く。陸の声に驚いて振り向いた男の顔面に猫パンチをお見舞いすると、彼は気絶して地面に倒れた。

 その後、猫五匹全員で、猫用ジェットに飛び乗り、全員がサイレントモードの霧を出して男ごと隠しつつ、最寄りの警察署の前に男をどさっと捨てた。もちろんネコネムリの小瓶も一緒に。以前ペットフード会社に忍び込んだ時に見つけたネコネムリ、多分、令達の知らない間に誰かが外部へ持ち出して、闇取引されているのだろう。数日経って流れたニュースでは、違法薬物ネコネムリを所持していたとして男が逮捕されていた。近辺の野良猫達への虐待の疑いもあるので、今後取り調べが行われるだろう。闇取引されているネコネムリ撲滅は難しいが、令達は仲間の猫のためにこれからも戦い続ける。

「令、お姉ちゃんになるにゃ!」
                                   次回に続く

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