発達障がい|感覚と言葉のずれ
「さよちゃんって、発達障がいっぽくないよね」と言われることがある。
確かに、私はありがたいことに発達障がい児に多くみられるコミュニケーションの壁が小さいほうで、いろんな人と関わることに表面的には問題がない。
もちろん、深堀りしていけば、いろいろ問題はあるが、それは障がいのあるなしに関わらず、人間だれしもそうだと言えよう。
逆に、自分が思う、自分の発達障がいっぽいところはどこだろう、と考えてみた。
私の中で、多くの人が何のけなしにできていて、自分が苦手だと思うところは、「体の感覚を認識する」ことである。(もちろんほかにもたくさんあるけど、今回のテーマはこれ)
たとえば、私は長らく、自分の好きな食べ物と嫌いな食べ物がわからなかった。
これは、「出されたものはすべて食べなければならない」という教育を受けたから、「この食べ物を食べたいか? 食べたくないか?」で考えたことがなかった、というのもあるけど、純粋にどの感覚が「この食べ物が好き」という感覚なのか、ずっとわからなかったのだ。
母に「あなた、これをよく食べてるね、好きなの?」とか、「これはもういらない? あんまり好きじゃなかったの?」とかいろんな声掛けをしてもらって、「……無意識にこの食べ物は避けていた」とか、「気づかぬうちにこの食べ物を選びがちだった」という自覚を持ち、だんだんと好きな食べ物、嫌いな食べ物がわかってきた。
口に入れたけど、飲み込みたくないな、と思う食べ物は、あんまり好きじゃない。目の前になくても、想像して食べたいなと思うものは好き。というように、自分の反応と「好き」という言葉をリンクさせる練習を数年して、やっと屈託なく「好き」とか「嫌い」とか言えるようになった。
ほかにも、満腹の感覚や空腹の感覚がわからなかった。
食べ過ぎてしんどいくらいになることもあったし、足りていなかったようでご飯から二時間ぐらい経ってお腹が鳴ることもあった。
これは今もあんまり改善していない。
座っているときより立った時の方が満腹感を感じやすいということがわかったので、困ったら立って確認してみたりするが、やっぱり量の調節は難しい。
叔母さんの家にお邪魔したとき、「ご飯これくらいでいい?」と白米を見せられ、「そんなのわかるわけないじゃないか……」と茫然としたのだが、茫然としたことに叔母さんはとっても驚いたらしい。
ちなみに、いまだに多くの人は自分が食べれる量を目視で確認できるということはあんまり理解できない笑。
空腹も「気持ち悪い」とよく間違えて、お腹が減っているのにご飯を避け、さらに悪化させるということを何度か繰り返した。
その結果、「気持ち悪い」という感覚は空腹に非常に似ているので検討が必要だという結論に達し、最近はずいぶん区別できるようになってきた。
疲労についても同じで、昔の私は「自分が疲れている」ということを認識できず、突然動きが止まっていた。
一番ひどかったのは小学生の頃、道端で自転車ごと倒れて、座り込んでしまったことだと思う。
一緒にいた母は「驚いたけど、20分ほど座っていたら動くようになったので、なんとか家に連れて帰った」と言っていた。
その後、教育相談の人(発達障がいの専門家。たぶん)に相談した母は、「ああ、電池が切れたんですね」とよく見られる症状だと説明され、電池が切れるところまでいかないように気を配ってくれていたらしい。
それを知ったのは高校生の頃で、それまで全然気づいてすらいなかった。
高校にもあがると、ある程度体力がついてくるので家の外で電池がきれることはなかなかなかったけど、家に帰宅して、階段で電池が切れているところを発見されたりしていた。
電池が切れる前に疲労に気づくのが理想なのだけど、なかなかそううまくはいかない。
病院に行くと「1~10の間でどれくらいの痛み?」と聞かれることもあるが、それも毎回困っていた。
「1がこれくらいって実践してくれないかな……」と思っていたので基準を決めてもらえば理解しやすかったかな、と思う。
こうやって書いていると、ただ単に感覚が鈍い、というより感覚と言葉の距離が遠い、という方がしっくりくるな、と思う。
私の場合は感覚が鈍いわけではなく、痛みも寒さも感じてはいるのだが、それに対応する言葉を判断するのがむずかしかった。
赤ん坊は「快・不快」しかないという。その中で、親の「お腹減ったね」とか「ねむいねえ」という声掛けで、不快を区別していくらしい。
私の場合、言語能力の発達は異様に早かったので、ほかの発達速度とずれが生じ、言葉と感覚をマッチさせるのがむずかしかったのかな、と思う。
「眠くなったら頭が回らなくなったり、イライラしやすくなったり、ぼーっとしたりするんだよ」など、具体例多めで説明してくれると感覚もつかみやすいのかなあ、と思うのでもし発達障がい児の親御さんが読んでいたら一度やってみてほしい。
かなりいろんな感覚と言葉をリンクさせられるようになってきた今でも、まだまだ難しい感覚はたくさんある。
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