恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-7
14章-7 エディ
「人類の歴史を見れば、女性の商品化は、少なく見積もっても数千年は続いてきたわけだから……それは、男の側の絶対的な需要があるからだろう?」
ぼくも男だから、身に染みて感じることがある。おおかたの男にとって『金で買える女』というのは(ぼくはもちろん、買ったことなどないが!!)、とても有り難い存在だと。
そういう立場に閉じ込められているバイオロイド女性たちの悲哀は……頭で考えても、自分の苦い経験から類推しても……それこそ、生き地獄だろう。
しかし、男がそういう気分になった時、自由な女性を口説くところから始めるのは、本当に大変だ。決まった女性がいる男はいいが、そうでない男は、慢性的に飢えた状態にある。
世界に女性はたくさんいるのに、その中の何人が、喜んでこちらと交際してくれるというのだろう。お茶や食事程度ならともかく、その先の〝親密な交際〟となれば、恐ろしく狭い関門が待っている。
多くの女性の要求水準は、きわめて高い。自分を熱愛してくれて、ハンサムで聡明でユーモアのセンスがあって……と、要望リストは無限に続く。
ジェイクやルークたちのように、どこに行っても相手に困らない男なんて、そうはいない。
中央でモテていた男だって、辺境に出てくる時は大抵、単身だ。まともな女性は、そう簡単に辺境行きを決意したりしない。アレン・ジェンセンのように、恋人連れで来られる男なんて(彼の場合は、アンヌ・マリーに引きずられた形だというが)、例外中の例外と言っていい。
辺境に出てくる男のほとんどが、有り難く、バイオロイド美女を利用していることだろう。
彼女たちを五年で殺すなどという非道は、もちろん言語道断だが、しかし、長く生かしておくのが難しい事情もわかる。
ずっと奴隷の立場では、彼女たちだって耐えきれない。自殺か発狂か、さもなければ命がけの反撃ということになる。だから、危険にならないうちに始末してしまうのだ。
長く生かしておけば、バイオロイドにも知恵がついて、人権を要求するようになる……かつて地球本星で、二級市民として虐げられていた女性たちが、手を取り合って立ち上がり、男の身勝手を糾弾したように。
だからこそ、それに不満がある男たちは地球文明圏を捨て、『男の天国』を作るために、辺境の宇宙を目指したのではないか……
そういうことを、冷や汗たらたら訴えたら(むろん、ぼくの個人的事情は除外して)、ジュンは無邪気そうに言う。
「でもエディは、娼館なんかに行かないでしょ。このビルで働いているバイオロイドたちにも、手出ししていないよね。それなら、他の男にもエディを見習ってほしいな」
信頼しきった顔でにっこりされたら、頭の中で下劣な妄想をふくらませていることなど、おくびにも出せないではないか。
「そりゃ、ぼくは行かないけど……だからといって、他の男にもそれを要求するのは、かなり無理が……」
ぼく自身、ジュンを心の底から愛していても、他の女性に誘惑されると、ぐらりと揺れてしまう瞬間がある。危うく、理性が吹っ飛びそうになったこともある。
このセンタービル内にも、女性は何百人もいるのだ。
大多数は下級職のバイオロイド女性だが(彼女たちは事務部門にいるので、個人的に人間の男から誘われることはあっても、業務としてそれを要求されることはない。したがって、五年という命の制限はないと聞いて安堵した)、専門職の人間の女性もいる。
都市内のライフライン担当エンジニア。造園デザイナー。医療室の医師。警備部隊の小隊長。ホテル部門の管理職。
他には、仕事で出入りする他組織の幹部女性たちもいる。意味ありげな視線やウィンク、職務外の個人的なお誘いなどは……ぼくの勘違いでなければ、ほぼ毎日のように、ある。
彼女たちは『まともな男性との交際』に不自由しているから、ぼくたち《エオス》の男は、安全で望ましい獲物になるらしいのだ……ぼくが受ける誘いは、先輩たちが受ける誘いの十分の一くらいだと思うが。
「エディなら、ちょっとにっこりすれば、どこのお姉さんでも喜んでデートしてくれるものね。いい相手がいたら、交際して構わないよ。対等な人間の女性なら、誰を口説いたっていいんだから」
ジュンに寛大な微笑みで言われてしまい、内心でざっくり傷つくのと同時に、表面では冷や汗を流した。
「いや、それは、そんな余裕はないから」
まさか、知られていないだろうな。スタイリストのナディーンに、壁に押し付けられ、脚の間に脚を差し込まれて、思わずくらくらしたこと。もっとも彼女は、先輩たちのことも熱心に誘惑していたけれど。
「その、つまり、ぼくはきみの……」
騎士という言葉を、自分で何度も口に出すのは面映ゆい。
「きみの側近だから、身辺は清潔でなければならないと思うんだ」
ジュンは半ば、気の毒そうな顔だった。
「まあ、エディの好きにすればいいけど」
薄々わかってはいたが、やはり騎士というのは、恋人とイコールではないのだ。ジュンはただ、いつまでも番犬では気の毒だからと、ぼくの地位を対外的に引き上げてくれただけ。自惚れ厳禁だ。
「モテない男が、易きに流れるのはわかるよ。バイオロイドは抵抗しないし、人間を恐れているからね。奉仕してもらって、偉そうなふりができて、いい気分になれるんだろうね」
確かに。
市民社会の安寧を捨てて辺境に出てくるのは、それなりに覇気がある連中だとは思うが、奴隷状態のバイオロイドしか相手にできない、哀れな男も多くいるだろう。
そもそも、人間の女性には相手にされない男たちが、あるいは、人間の女性には不満がある男たちが、バイオロイドの製造を始めたのだ。男たちが危険を承知で辺境に出てくる理由の半分は、それだろう。
『従順な美女たちのハレムに君臨したい』
あとの半分は、不老不死だ。それも、永遠に快楽を楽しむために。
『レディランサー アグライア編』4章-8に続く