恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-6
10章-6 ジュン
「アレンとアンヌ・マリーは、明後日、ここへ到着するって聞いたよ。あたしが付いてるから、しっかり交渉して。できたら、彼を奪い返せるといいんだけど」
するとカティさんは、激しく首を振る。
「無理よ、そんなこと。わたしはとうの昔に、捨てられたのよ。アンヌ・マリーが絶対、彼を離さないわ。本当は、再会するだけで危険なのよ」
どうやら、妹をひどく恐れているらしい。勤務先の輸送船を乗っ取った犯人なら、無理もないが。おそらくは、同僚たちを売り飛ばして、組織作りの資金にしたのだろう。それから今日まで、辺境で戦い抜いて生き残ってきたのなら、たいしたものだ。
「きつい妹らしいね」
カティさんはうつむき、唇を噛む。
「あの子は悪魔だったわ。子供の頃から。同じ顔をしたわたしのことを、憎んでいたのよ」
憎む!?
「だって、実の姉妹なのに!?」
「姉妹だから、よ」
そういうもの? きょうだいって、無条件に互いを大事にするものかと……いや、そうとは限らないのか。ナイジェルと妹のような、不幸な例もある。近しいからこそ、互いの欠点がよく見え、反発も強いのか。
「たぶん、わたしを目障りだと思っていたんでしょう。自分が得られるはずのものを、半分盗っていく邪魔者だって。アンヌ・マリーは、わたしのものなら何でも取り上げようとしたわ。ドレス。人形。子犬。品物は譲ってきたけれど、まさか、アレンまで取られるなんて」
兄弟姉妹のいないあたしには、よくわからない。あたしなら、双子の姉妹がいたら、どんなに嬉しいかと思うのに。
……いやいや、待て。あたしと同じ顔で、あたしのように不器用で、生意気で、攻撃的だったら……うわあ。見たくない。想像しただけで、痛い。あたしなんか、この世に一人でたくさんだ。
とにかく、繁華街のビルに入り、あちこちの店を回って、遠慮するカティさんに服を買わせた。カティさんの白い肌と、ふんわりした赤い髪に映えるドレスをたくさん。
身長があるから、深いグリーンや、黒いドレスがよく映える。金色や白もいい。首が綺麗だから、垂れる形のイヤリングも、よく似合う。ハイヒールも、ばっちり決まる。
同行したユージンは無関心な様子で離れていたが、メリッサは喜んであれこれ見立ててくれた。中央と辺境では、流行も異なるらしい。中央では派手だと思われるようなドレスでも、辺境ではごく普通らしいのだ。もちろん、仕事中ではなくて、プライベートな時間でのことだけど。
「だめよ、無難を基準にしちゃ。あなたはスタイルいいんだから、もっと肌とボディラインを見せて。これなら、どんな男だって悩殺よ」
メリッサは見本のドレスを何枚も抱えて、カティさんに着替えさせる。あたしも、横であおった。他人のことなら、何とでも言える。
「そうそう、せっかくの美女なんだから、着飾らないと」
それでアレンが陥落するかどうかは、別にして。
あたしから秘書の給与を出しているので、代金はカティさんの口座から引き落とせるのだけれど、自分では買おうとしないから、あたしが買って現物支給する形にした。
ちなみに、あたしには、この都市の財産が全て自由に使えるそうだ。《アグライア》という都市自体は《キュクロプス》の財産だけれど、今はあたしの管理下にあるということだから。
持ちビルや公共用地を売り払おうと、道路の通行料を取り立てようと、あたしの判断で好きに行えるそうだ。
あたし個人の報酬も、都市の決済用の口座にあるお金から、好きなだけ取っていいという。さすがは辺境、なんて大雑把な会計。
といっても別に、自分のために贅沢をしようとは思わない。あのセンタービルの部屋と、山のように積まれた贈り物だけで、既に相当な贅沢だ。人間の部下もいるし、アンドロイド兵部隊もある。
使える資金は、いいことのために使おう。たとえば、都市内のバイオロイドたちの再教育とか、待遇改善とか。もちろんそのためには、まず他組織の代表者たちと話をしなくては。
***
その頃、中央星域では、〝円卓会議〟のお偉方が、緊急の会議を開いていたらしい。
この会議は、連邦最高議会のように、法律で設置が決められたものではない。惑星連邦の法体系は、いまだ、辺境が一大文明圏であることを認めていないのだ。人類文明は市民社会だけで完結している、というのが公的認識なのである。だから、『外部に向けての対応に責任を持つ仕組み』が存在しない。
けれど実際には、市民社会は違法組織に取り囲まれている。それを、単なるはぐれ者の集まりであるかのように、無視することはできない。年間に何万件も、誘拐事件や襲撃事件は起こるのだから。
そこで、市民社会の防衛という現実問題に対処するため、各界の実力者たちが随時、非公式な話し合いをするようになった。それがいわゆる〝円卓会議〟である。
現在の顔触れは、軍と司法局から二人ずつ、最高議会から二人、財界と学界から数人ずつだという。外部には非公開の集まりなので、本当のメンバーはよくわからない。
とにかく、その重鎮たちが、あたしの事件について話し合ったそうだ。
といっても、彼らにできることはほとんどない。軍も司法局も、辺境ではたいした行動はできないのだ。最高幹部会が決定したことを邪魔する力など、誰にもない。
彼らが主にもめたのは、あたしの元へ行きたいという、エディの願いを認めるかどうか、だったらしい。
それを認めたら、市民社会が違法組織の〝連合〟に屈したことになる、という意見が半分。ジュン・ヤザキを応援することで、無法の辺境が少しでも変わることに期待しようという意見が半分。
何日もすったもんだした挙句、結局は、参考人として呼ばれた〝リリス〟が言ったことが、決め手になったそうだ。
『若者が何かしようとしている時に、老人が邪魔するもんじゃない。若者を信じられない社会なんて、滅びるしかないんだよ』
二人のペアのうち、長身のリリーの台詞だそうだ。
うーん、かっこいい。ますます尊敬。
じかに会って、サインをもらうか、握手してもらうか、できたらよかったのに。こうなってしまっては、もはや敵陣営だから、その機会ははなさそうだ。残念。
『レディランサー アグライア編』10章-7に続く