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恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-5
10章-5 ジュン
「最高幹部会も、話題作りがうまいな」
「子供を総督にだなんて、いつまで続くやら」
「どうせ、側近がうまく操ってるのさ」
カティさんとメリッサの方が背が高いけれど、彼女たちは控えめな秘書スタイルだから、兵の間に紛れてしまう。あたし一人が、悪目立ちしているらしい。平気なふりをし続けて、顔が強張ってきたけれど、ここは辛抱だ。じかに街を歩けば、センタービルの中にいてはわからないことが、きっとわかるはず。
二十分ほど市街を歩いて、《キュクロプス》系列のビルで地中海料理のレストランに入り、食事をした。他の客たちから離れた、一番奥のVIP席で。何も頼まなくても、最初から、そこへ通されてしまうのだ。もちろん、兵たちが周囲にいかつい壁を作る。恐々ながら挨拶に来た店長と、怯えた店員以外、誰もその間を通り抜けることはできない。
それでも、通り過ぎただけで、店内の雰囲気はわかった。驚きの波と、こちらを振り向く人々の頭。あれがジュン・ヤザキ、というささやきは、ここでも聞こえた。
興味、警戒、敵意、それに嫉妬が混じった視線。なぜ、あんな子供が最高幹部会に重要視されるのかと。
平気なふりをして食事をしたけれど、普段の三倍は疲れる。見世物にされる辛さ、身に染みてきた。中央でも、親父は要人扱いだったけど、あたしはまだおまけだったから、気楽だったのだ。これからずっと、こういう視線にさらされることになる。慣れるしかない。
「もしかしたら、各組織の幹部を招いて、お披露目パーティでもした方がいいんじゃないの」
自棄交じりの冗談だったのに、メリッサがまともに反応した。
「それ、いいですわね。企画しましょう」
と手を打って顔を輝かせる。
「まさか、本気!?」
「あら、もちろんですわ。まず、招待客リストを作りましょう。最初は小規模に、二百人くらいでいいかしら。その様子で、次回の招待客を考えることにして。ユージンさま、アドバイスをお願いしますね。カティ、各組織の情報は、あなたにも見てもらいますから、リスト作りを一緒にしましょう」
仕方ない、らしい。あたしがこの《アグライア》に人を集めるつもりなら、社交の中心になる覚悟がいるのだ。
「そうだわ、ダンス権を売りましょう。一曲いくらに設定しようかしら」
とメリッサが燃える目で言う。どうやら彼女には、何でも商売に見えるらしい。
「ジュンさまと踊りたい男性が、大勢いるはずです。事前に、オークションで落札してもらうのもいいですね」
思わず、顔が刺した。
「やめよう、それは」
いくら何でも、図々しい。絶世の美女というのならともかく、あたしみたいな小娘が、そんなことを。
「それじゃあ、ダンスの予約リストだけでも作らないと。当日、希望者が多いと、現場が混乱しますから」
本当かなあ。あたしと踊るために来る客なんて、いるんだろうか。
「ジュンさまの予定に、ダンスのレッスンも入れておきますわ。ダンスは空手ほど、お得意ではないそうですから。でも、これからは、社交の時間が増えますよ」
「違法都市で、社交って普通なの?」
「もちろんです。人間関係があってこそ、組織間の取引もうまくいくんですよ。それは、市民社会と変わりません。どこの都市でも、センタービルやホテルなどで、折々にパーティを開いていますよ。この《アグライア》では、ジュンさまの開くパーティが、最も格が高いことになりますね。最高幹部会のどなたかが開く場合は別として。これからは、毎月、何らかのパーティを開きましょう。ジュンさまの人気が上がれば、招待状に高値がつきますよ!!」
なんて頼もしい秘書だ。心底から、仕事を楽しんでいる。
「……メリッサって、違法都市には長いの?」
何気なく尋ねたことだが、返答には驚いた。
「かれこれ半世紀でしょうか。子供の頃に誘拐されて、売り飛ばされて以来、この世界にいますから」
カティさんも驚いていた。すぐさま同情の顔になっている。
「なんてひどい話でしょう。ご家族が泣いているわ。故郷に帰りたいとは思わないの!?」
しかし、メリッサは自分の境遇に不満などないらしい。胸を張って言う。
「わたしは組織内で、順当に昇進していますわ。ジュンさまの秘書も、大抜擢なんですよ!! どうせ、故郷のことなんて覚えていませんし。ここにいれば、いくらでも不老処置を更新できるじゃありませんか!!」
ユージンが訳知り顔で言う。
「市民社会は、この宇宙のごく一部に過ぎないんだ。自分たちの尺度で判断しない方がいい」
あたしとカティさんは顔を見合わせ、ため息をつくしかなかった。これから幾度も、自分の常識をひっくり返されることになりそうだ。
そんなこんなで疲れきり、センタービルに引き上げてきた時には、眠くて倒れそうだった。おかげで、シャワーを浴びてベッドに入るとすぐ、寝入ってしまった。
(明日はまた、宿題をこなしていかなくちゃ……)
こうしてあたしは、違法都市に馴染んでいったのである。
***
翌日は、買い物からスタートした。ギデオンからの資料を見るのは、後にしよう。どうせ、全体を把握するのには何日も何週間もかかる。
「カティさん、あなたの服を買いに行こう。街歩きも兼ねて、一石二鳥になる」
あたしの服はしこたま揃ったけれど、カティさんは、ユージンの船に用意されていた最低限の着替えしか持っていないはずだ。精々、ビジネススーツを何着か注文したくらいだろう。
「そんな、いいのよ、わたしの服なんて」
と背の高い赤毛の美人は遠慮するけれど、
「そうはいかない。アレンが来るんでしょ」
と言ったら、ぴしっと固まってしまった。心がアレンの元へ飛んでしまったらしい。いいんだろうか、こんなに初心で。でもまあ、生真面目なまま人生を過ごすと、こうなってしまうのかも。
(人間、多少は遊んだり、羽目をはずしたりしないと駄目なんだな……)
実は、ユージンにこっそり確認を取っている。カティさんが、あたしの誘拐に手を貸す代わりに望んだ報酬とは、かつての恋人、アレンの精子だと。それで、彼の子供を作りたいというのだ。何とも、いじらしい願いではないか。出来るものなら、叶えてあげたい。その後の子育てのことは、また別として。
『レディランサー アグライア編』10章-6に続く