SF小説『ボトルペット』6章
6章 リュス
「きみにとっては、たぶん数年のことなのだろう。きみは、彼によって創造された人工の知性だ。あまりにも精巧に創られたために、それが心を持ってしまった」
創造された……?
「ぼくは、母さんから生まれたんです」
「もちろん、そう思うように仕向けられていた。きみのような存在を、我々は、ボトルペットと呼んでいる。深い瓶の底に閉じ込められた、小人のようなものだ」
瓶の底の……小人? ぼくが?
「このスーリヤもそうだ。別の男たちに作られ、何年も閉じ込められていた。我々が発見して、救出したのだ」
横のスーリヤを見ると、にっこりして頷いている。
「この町に入る時、子供たちを見ただろう。彼らもみな、きみのように、救出された人工知性なのだよ。ここは、我々が用意した人工環境だ。惑星を丸ごと構築してある。我々の住む現実世界では、研究のために、このような人工世界を幾つも創っている」
現実世界。
そこで築かれる人工世界。
初めて聞くことのはずだ……でも、どうしてか、わかるような気がする。ぼくの中に、ぼくが気付いていなかった知識がある。
「あなたは……あなたも、誰かに創られたんですか」
「いいや、わたしは両親から生まれた。ただの人間だよ。政府機関に勤める凡人にすぎない。きみが見ているこの姿は、わたしが操っている人形のようなものだ。本当のわたしは〝外〟にいて、同僚たちと共に、この世界を管理しているのだよ」
***
診療所を出て、スーリヤと海岸に降りた。白い砂は、足元でさくさくする。海からは、独特な匂いのする風が吹いてくる。小石の陰から、赤い蟹が走りだす。太陽は、まだ空高い。
「わたしたち、これから人間について学んで、それから、進む道を決めるんですって」
スーリヤのスカートが、海風で軽く翻る。長い黒髪も、さらさらと背中を滑る。母さんの姿が、もうわからなくなってしまった。最初から、どこにもいなかったのだ。ただ、いた、と思い込まされていただけで。
「元々は、外宇宙探査のために、死なないパイロットが欲しかったのですって。人間は、すぐに年をとって死んでしまうから。でも、わたしたちのような人工の知性なら、宇宙船の中に宿って、何万年でも活動できるというわけ。設備は更新できるから、わたしたちは死ななくて済むの」
そのうちに、その技術を悪用して、自分の楽しみのために、ぼくらをこっそり創り、閉じ込めて利用する者が出てきた。スーリヤがどんな目に遭ったか知ると、ぼくのおじさんは、ごくまともな人に思えてくる。
だって、おじさんは、ぼくから感心されたがっただけなんだ。ぼくに悪いことなど、何もしなかった。ただ、ぼくを騙し、知識を制限していただけで。
……今になってみれば、それがどれほど残酷なことか、わかってしまうけれど。
「きみは、あの医者の言うことを信じるのかい」
ぼくらが生きた人間ではない、なんて。
「あの人だけじゃなくて、他にも大勢の人間が、この町に出入りしているの。そして、色々なことを教えてくれるのよ。リュス、あなたにも、もう本当は、わかっているんでしょう? わたしたち、汎用データベースへのアクセスを思い出したのだから」
戦争は、嘘だった。
霧は、晴れた。
母さんも父さんも、最初から、いなかった。
でも、だけど、ぼくらは宇宙船に乗って、遠い宇宙へ出ていくことを期待されているのか。たった一人で、冷たい真空の中を、何万年も進んでいくのか。それも、人間たちの住める星を探すために。
それじゃあ、結局、人間の奴隷じゃないか。
ぼくらの自由意志を尊重するようなことを言って、そこへ追い込んでいるんじゃないか。
そう訴えても、スーリヤは微笑んだままだ。
「一人じゃなくていいのよ。一つの宇宙船に、何人のわたしたちが乗っていてもいいの。みんなで探検に行くのは、きっと楽しいんじゃないかしら」
スーリヤは、自分を救ってくれた人間たちの善意を信じているらしい。砂漠の中のオアシスが、それほどひどい地獄だったのだろう。
でも、ぼくは疑う。
もしかしたら、ぼくらが人間に感謝するように、わざと、そういう筋立てにしたのではないか。一部の犯罪者が、こっそりぼくらを私有していたのだと。公正な人間たちが、ぼくらをそこから救い出したのだと。
これからぼくは、人間たちのことを学ぶ。与えられた基礎知識を超えて、どこまでも。
そうしたら、きっとわかるだろう。何が真実なのか。本当の世界とは、どんな場所なのか。
もしかしたら、人間たちが信じている『現実世界』だって、誰かの創ったボトルの底かもしれないではないか。
『ボトルペット』了