恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-6
6章-6 ジュン
――あたしが殺すのは、正当防衛の時だけだって?
まあ、そうだとは思う。あの事件の時も、この事件の時も、やむを得ず戦っただけ。
でも、正当防衛と過剰防衛の境目は、どこにあるのだろう? そこを追及されたら、あんまり威張れないかもしれない。
与えられた船室で、ぼんやり中央のニュース番組を眺めていて、ふと思い出した。初めて人を殺したのは、確か十一歳の時だ。
もう、大昔のように思えるけれど。
あの頃はまだ髪を長くしていて、女の子らしいワンピースも着ていた。母がそう望んでいたからだ。エディに当時の写真を見せたら、びっくりしていたっけ。
『ジュン、また髪を伸ばしたらどう!?』
いやいや、短い髪に慣れたら、もう後戻りはできない。ただ、あの頃はまだ、母がリボンを結んでくれていたからね。毎朝、可愛い服を着たあたしを学校へ送り出すのを、何よりの喜びにしていた人だった。
そういう子供の時代に……友達のキャサリンの祖父母が、あたしを誘拐しようとした。学校帰り、うちに遊びにいらっしゃいと誘って、あたしをキャサリンと一緒に車に乗せたのだ。そのままキャンプに行けるような、大型の車だった。
もちろん、当時のあたしにも司法局の護衛は付いていた。彼らは、すぐ後ろから車で同行してきた。それで十分だと判断して。
ところが、その祖父母の乗った車内には、あたしとキャサリンそっくりの有機体アンドロイドが隠してあった。あたしとキャサリンは麻酔を打たれ、服をはがされ、下着姿で、車内の隠し場所に押し込められたのだ。
キャサリンの家に着くと、彼女の祖父母は、偽物の少女二人を連れて家に入った。護衛たちは、家の周囲で配置についた。本物でないことが悟られるまで、数時間は稼げる。運が良ければ、お泊まりということにして、翌朝まで大丈夫だという計算だったらしい。
その間に、あたしたちを積んだ車は共犯者に回収され、キャサリンは別にされて(祖父母は、可愛い孫娘に危害を加えるつもりは全くなかった。ことが発覚する前に、自分たち二人だけ、別ルートでうまく脱出した)、あたしだけ、貨物コンテナに積み替えられ、《キュテーラ》から出航する船に乗せられた。
あたしを救ったのは、犯人たちの予定より少しだけ早く、目を覚ましたことだ。真っ暗な中で目覚めて、緩衝シートに巻かれていることに気付いた時は、パニックを起こしそうになった。
――狭い、暗い、出られない!!
でも、すぐに事態を理解して、呼吸を鎮め、覚悟を決めた。母から教わっていたことが、役に立った。
『ジュン、もしも誘拐されたら、おとなしくして、犯人たちの隙を探すのよ。隙がなければ、助けが来るまで、じっと我慢するの。きっと誰かが、助けに行きますからね。誰も行かなくても、わたしが行きます』
あたしは静かに耐えた。助けが来ることは、あまり期待していなかった。軍も司法局も、辺境では頼りにできないと知っていたから。
――いまに見てろ。ふざけやがって。
怒りがあれば、恐怖は後回しにできる。こういう時のために、空手の稽古を積んできたのではないか。あたしは目を閉じ、ただひたすら、犯人たちを倒すことを想像し続けた。大人でも、倒せるはずだ。隙さえ掴めれば。
緩衝シートの中で、可能な限りもぞもぞと身動きして、肉体の回復を図った。そして、コンテナから出された時は、ぐったりと意識がないふりをして、耳を澄ませていた。話し声、足音、空間の広さ。
ここにいるのは、大人二人だけらしい。
あたしは船室に運ばれ、緩衝シートを外され、下着姿でベッドに寝かされた。あたしを運んできた男が、あたしに毛布をかぶせ、背中を向けて立ち去ろうとした時。
素早く起き上がって(少しはよろけたとしても)、毛布をそいつの頭にかぶせた。そいつが視界を取り戻そうとした隙に、急所に蹴りを入れた。そいつがバランスを崩して倒れたところで、顔面に蹴りを加えた。何の斟酌もなしに。
――子供のあたしがどうして、大人に対する手加減など、考える必要がある!?
船の警備システムが警報を発して、もう一人が駆けてきた。でも、その時にはあたしは、倒した男の銃を奪っていた。そして、その銃は特にロックされていなかった。撃つのは簡単だった。両親がこっそり、練習させてくれていたから。相手はまさか、子供に撃たれるとは思っていなかっただろう。
胸に二発、頭に一発。二人目の男が絶命したのを確かめ、あたしは一人目を振り向いた。こいつが気絶から醒めたら、もうあたしに脱出の可能性はない。他に生きた人間がいなくなって初めて、船の制御を奪う可能性が生まれる。民間船を悪用しただけならば、管理システムがあたしを攻撃することはないだろう。
あたしは論理的に考え、論理的に行動した。今でも、あれは正しい行動だったと思っている。気絶した男に、とどめの銃弾を撃ち込んだことは。
――この事件は慎重に処理されたから、関係者以外、誰も知らない。いたいけな少女が、大の男を二人も殺したなんてことは。
あたしの行為は正当防衛とみなされ、咎められることはなかったが、軍も司法局も最高議会の司法委員会も、さすがに、この件の詳細を公表することは避けた。大きな騒ぎになって、あたしの将来に悪影響を及ぼすのはまずいと配慮して。
あたし個人としては、事実を公表したところで、何も問題ないと思っていたのだが。
いや、油断のならない子供だと世間に知られたら、やはり問題だったろう。子供のうちは、子供とみなされることが命を救う。レースとリボンで飾られたキャミソール姿の少女だったから、誘拐犯たちは判断を誤ったのだ。
『レディランサー アグライア編』6章-7に続く