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恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-1

6章-1 ジュン

 違法艦隊での航行は、快適だった。豪華な船室には、あたしに必要なものが全て揃っていたし、三度の食事も美味しい。パフェやケーキも好きなだけ食べられる。スポーツジムも使える。中央のニュースや映画も見られる。

 自分の誘拐事件をニュースで見るのは、おかしな感じがするけれど。

 だいたい、悲劇のヒロイン扱いされると、たらふく食べて、のうのうと過ごしていることが、申し訳ないみたいだ。

 記録映像で見る普段の自分は、やはり大幅に地味である。髪は短くてぼさぼさだし、着ているものは機械油の染みた作業着か、着古した普段着の類だし。

 貨物の受け渡しの時の映像なんて、ひどいものだ。通信講座のレポートや何かで疲れている時だったから、いつもより更に無愛想。

(うひゃあ。なんで、こんなとこ映すかな)

 と思ってしまう。せめて、学校時代の式典の時とか、B級ライセンスを取って取材されている時とか、もう少し、格好つけている時の記録映像を使ってくれればいいのに。

 肌が沈んだ小麦色で、胸も小さいから、ぱっと見た時、華やかさや女らしさが全然ない。

 やっぱりエディの言うように、シャツだけでも、もう少し綺麗な色を着た方がいいのかなあ。でも、つい、紺とかモスグリーンとか褐色の方が、落ち着くものだから。

 それでも近頃、下着だけは、優雅なものを選ぶようになっていた。それは人に見えないから、いくら甘い色でも、華やかなレース遣いでも、恥ずかしくない。

 いや、エディにだけは見せていたけれど、それは何しろ、エディだから。

 空手の稽古の後、エディに全身マッサージをしてもらうのが、あたしの大きな楽しみになっていた。

 最初はそんなつもりではなく(普通はマッサージなど、医療用アンドロイドにさせるものだ)、ただ、《タリス》の事件で背中にできた傷の手当をこっそりしてもらうために、エディを部屋に入れていたのである。

 でも、傷が治る頃には、エディに裸の背中を見せるのに、抵抗がなくなっていた。

 それなら、下着姿も似たようなもの。

 自室のベッドに横たわり、エディの優しくて確実な手でマッサージしてもらうのは、最高の贅沢だった。心身が気持ちよくゆるんできて、そのまま眠ってしまう。目覚めた時には、エディが美味しい食事を用意していてくれる。

 何が恋しいって、あのマッサージだ。あれを二度と受けられないのかと思うと、悲しくて悔しい。エディが安全圏にいることだけは、嬉しいことなのだけれど。

 中央の報道では、航行管制局の職員、カトリーヌ・ソレルスが違法組織に買収され、誘拐に協力したと言われていた。

 ただし、ユージンの名前は浮上していない。当然、《キュクロプス》のことも。

 そりゃあまあ、メリュジーヌなんて大物が、本当にあたしを待っているのか、あたしだってまだ、信じ切れていないのだし。

 ただ、一つ、面白いことがわかった。報道各社の発掘した事実だが、カトリーヌの双子の妹アンヌ・マリーが、もう十年も前に、辺境へ脱出しているそうだ。

 妹は惑星開発局の職員で、調査船を盗んで姿を消したという。

 いや、調査船には職員が八名乗っていたので、そのうちの誰がハイジャック犯で、誰が巻き添えの被害者なのか、今日まで不明だった。けれど、今回の誘拐事件によって、アンヌ・マリーの名が、疑惑と共に浮上したらしい。

 ジュン・ヤザキを誘拐したカトリーヌ・ソレルスの行動は、その妹と連絡を取り合っていた結果ではないか、という推測が流れている。

 ただし、報道関係者たちが、彼女たちの友人・知人にインタビューした結果では、

『カティがアンヌ・マリーと協力するなんて、ありえない』

『あの二人は、大学に入ってから、ほとんど口もきいていませんよ』

 ということだった。友達にはカトリーヌではなく、カティと呼ばれていたわけね。まあ、その方が呼びやすい。

 とにかく彼女たちは、一卵性の双子なのに、とことん仲が悪かったらしいのだ。何でも大学生の頃、アレン・ジェンセンという年上の男子学生を、姉妹で取り合っていたとか。

 そのアレンは、やはり開発局に就職し、アンヌ・マリーと同じ船に乗って、姿を消している。

 こうなると、その失踪事件はアンヌ・マリーとアレンの共謀だったのではないか、今度は姉妹で共謀して誘拐を企んだのではないか、という推測が力を持ってくる。

 でも、カトリーヌ・ソレルスもユージンも、アンヌ・マリーなんて名前は、一言も口にしていない。

(あの人も、色々あるんだな。まあ、どうでもいいけど)

 あたしは居心地のいい船室で、クッキーと紅茶を楽しみながら、報道番組を眺めていた。

 もちろん、軍はもう、あたしの追跡をあきらめている。市民向けにあれこれ言い訳はしているけれど(試験官が誘拐に加担するとは予測外、軍の警備体制に不備はなかった……)、要するに、違法組織に拉致された者は、奪回不可能ということだ。

 親父は憔悴しているだろうけれど、《エオス》で勝手に飛び出したりしないよう、軍と司法局が見張っているようだ。

 それでいい。親父までが捕まったりしたら、救いがない。

 せめて、あたしが無事だと知らせることができればいいけれど、ユージンは、あたしをメリュジーヌに会わせるまで、外部との接触はさせないと言うし。

(どうせ、なるようになる)

 精々、毎日の稽古を続けて、躰が動くようにしておくことだ。肉体が万全でないと、頭もちゃんと働かないのだから。


   『レディランサー アグライア編』6章-2に続く

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