見出し画像

恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-8 15章-1

14章-8 エディ

「ねえ、ジュン」

 怖々、尋ねてみた。

「そういう男は、どうすればいいんだい。つまり、いくら努力しても、恋人のできない男は……あるいは、好きな女性に断られた男は……」

 それこそが、人類文明の根底に横たわる大問題だと思うのだが。誇り高い美少女……いや、若き美女は、平然として言う。

「人形でも相手にしていれば。バイオロイドじゃなくて、機械仕掛けの、命のない人形をね」

 がんと頭を殴られた気分だ。

 何という冷血。

「今は、精巧なラブドールがあるんだよ。あたし、お店で見たもん。心はないけど、命令通りに動いてくれるし、適当な受け答えもしてくれる」

 モテない男は、一生涯、心のない人形を抱いて、満足しろというのか。

「でなかったら、二次元の美女でも相手に、脳内恋愛していればいい。仮想現実っていう手もある。現実の女性を巻き添えにしないで、一生、幻想に浸っていればいいんだよ」

 巻き添えときた。やはり、若い女性は残酷だ。好きな女性に相手にされない男の絶望なんて、理解しようともしない。

 だが、それも当然か。ジュンには、モテすぎる悩みしかないのだから。

 シドは虜にするし、ティエンには崇拝されるし、ファンクラブはあるし。傲慢が服を着て歩いているようなナイジェルすら、ジュンには一目置き、臣下のように振る舞っている。まったく、怖いものがない。

 いっそ狼になって、ジュンに喰いついてみたいという、破れかぶれの空想が湧いたが、現実には無理だ。嫌われてそれきりになるより、番犬で構わないから、身近に置いてもらう方がいい。

 ……いやいや、もう騎士に昇格したんだ。自虐はやめよう。

 こうして夜間に、ジュンと二人きりでいられるのではないか。ファンクラブの男たちにしてみたら、悔しさで、のたうち回るような状況だろう。ジュンは表向き、ぼくを〝交際相手〟ということにしているのだから。

「ジュン、あのさ、たとえば辺境中から娼館をなくしたとして、バイオロイドも全て解放したとして、モテない男たちが徒党を組んで、大規模な暴動でも起こしたらどうする? いや、暴動どころか、戦争状態になるかもしれない」

 女に飢えた男たちの怒りと絶望は、凄まじい脅威だと思うのだが……

 しかしジュンは、そんな怨念など、簡単に蹴散らせると思っているらしい。

「艦隊でも何でも出して、鎮圧すればいい。モテないからって、暴れても無意味でしょ。努力して自分を磨いて、せっせと女を口説けば、一人くらいは付き合ってくれるはずだ」

 女は〝優しい男〟が好きなのだから、振り向いてほしい女性がいたら、とことん尽して下僕になればよい、という。

 それこそ、まさに、ぼくのしていることだが。

 しかし、尽くすことさえ却下される男も、大勢いるだろう。視野にいるだけでうっとうしい、どこかへ消えて、と。

「だけど、努力してもだめだったら……自分の好きな人に、どうしても振り向いてもらえなかったら?」

 それは、自分で考えまいとしている、恐怖の未来だ。たとえば、いつの日か、

『あたし、ティエンを恋人にするけど、あんたは変わらず、騎士のままでいてね』

 だなんて、ジュンに微笑んで言われたら。自分は、はたして耐えられるだろうか。先に希望があればこそ、今は奴隷でも番犬でもいいと思えるのであって……希望を砕かれたら、自分が変質し、ねじ曲がるのではないかと、想像するだけで恐ろしい。

「その時は、悟りを開いてもらおう」

 ジュンは厳かな態度で言う。

「自分の願望が全て叶えられるなんて、期待する方が間違ってる。人生は厳しくて、不公正なものなんだから」

15章-1 ジェイク

 竜宮城から戻って玉手箱を開けた浦島太郎は、どんな気分だったのかと想像する。今の俺のように、時代に取り残されて、茫然としたのではないだろうか。

 今の主役は、ジュンやエディだ。怖いもの知らずの若者たちが、世界を改革しようと意気込んでいる。

 もっとも、年齢制限にひっかかったわけではない。俺と同年代のルークやエイジは、嬉々として働いているからだ。

 年齢ではなく、気力の差。

 俺だけが……総督の側近グループの中では、半端者だ。

 ルークは技術部門、エイジは警備部門を任されて、意気揚々と飛び回っている。現場で実務を把握し、何百人もの職員たちに指令を出し、ジュンに報告したり相談したりして。

 俺は一応、外交担当ということになっているが、外交の前面にはジュン本人が立っているから、さほどの意味はない。ジュンが他組織の幹部と会う時は後ろにいて、睨みを効かせている……ふりをしているだけだ。

 もちろん、俺が気づいたことを、ジュンに注意することはある。あいつは嘘をついているとか、あの発言はこの情報と矛盾しているとか。しかし、それは、メリッサやユージンからも注進されることだ。エディだって気がつくだろう。

 俺でなければ出来ない何か、なんてない。

 情報部時代やハンター時代の経験といっても、もうかなり昔のことだし、あの頃だって、ネピアの弾避けみたいなものだった。

 この違法都市で、俺には価値がないのだ。

 それでもジュンにとっては、気心の知れた〝仲間〟が周囲にいることで、心労はかなり楽になるだろう。だから、自分は番犬だと思うことにした。いずれジュンが、もういいよ、あんたたちは中央に帰って、と言うまでは。

 その番犬から昇格したエディは、羽根が生えたかのようだ。『総督閣下の騎士』だと公言されたのだから、無理もない。ティエンすら、負けを認めて(いったんは)引き下がった。

 それでいい。親父さんだって、前々から、二人が結婚することを願っているのだ。暮らす場所が市民社会ではないというだけで、ジュンとエディは望ましい方向に進みつつある。これで本当に改革が実現したら、たいしたことだ。

 俺はもう、新しい時代についていけそうにないが。


   『レディランサー アグライア編』15章-2に続く

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集