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恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-2

14章-2 エディ

 上層階行きのエレベーターに乗り込んだところで、メリッサ嬢の手首の端末に連絡が入った。

「ジュンさま、通話申し込みですわ。ティエン氏です」

 うわ、あいつか。油断も隙もない。

「あ、それなら話すよ。上に着いてから」

 とジュンは機嫌がいい。既にもう、ティエンからは何度も通話があり、自分の組織を育てる苦労話を聞いているという。何でも、彼の侍女だったバイオロイドの女たちが、強い味方になってくれたのだとか。

 兄弟姉妹のないジュンは、元々、ティエンのことを弟のように見ている節がある。とんでもない。あいつのおかげで、ぼくがどんな目に遭ったと……いやいや、その後、ジュンに〝特別に慰めてもらった〟から、収支は大幅にプラスなのだが。

 あれから何度か、ジュンに、

『追加で、記憶の〝上書き〟しようか』

 とにこやかに提案されたが、必死のやせ我慢で、辞退していた。清らかな乙女に、そこまで甘えるのは浅ましい。ジュンの好意にだって、限度があるだろう。

 いや、ジュンにとっては、あくまでも〝雄の肉体的反応を調べる、生物学的実験〟なのかもしれないが……

 これからは、ぼくも積極的に行動しないと、ティエンに先を越されてしまいかねない。幸い、彼の拠点が遠いので、面会ではなく、通話だけに留まっているのだが。

 エレベーターを降りたフロアで、ジュンは壁の通話画面に近づいた。既に黒髪の若者が大映しになっている。

「ティエン。ちょうどよかった。《エオス》のみんなが着いたところなんだ」

 何が、ちょうどいいものか。そのタイミングを狙って、アピールしてきたのだろう。ぼくに釘を刺すつもりだ。近くにいるからといって、いい気になるなと。

「やあ、ジュン、今日も美しいね。花を届けさせたよ」

「うん、いつもありがとう。お花は大好き」

 いつもだって!? この、ちゃっかり野郎。画面のティエンは濃紺のスーツ姿で、だいぶ大人びて見える。カールした黒髪に緑の瞳、健康な赤銅色の肌。

 元から体格のいいハンサムだったが、父親を失った後、自力で生き延びてきた自信のせいか、かなり不敵で剛腕そうな男になっている。あと五年もしたら、どれほど手強い男になるか。

 ……そうか。こいつは、どこかナイジェルに似ているのだ。ぼくの少年時代のライバルだった男。

 いや、向こうが勝手にぼくを敵視して、幾度も突っかかってきたに過ぎない。だから余計、神経に障る。ジュンはなぜあんな奴に、チェリーの後見を頼んだのか。

 まあ、ぼくらがこうして辺境に来てしまった以上、チェリーのためには、友人が多い方がいいのだが。

 チェリーが奴の毒牙にかかったら、と心配するぼくに、ジュンは笑って言ったものだ。ナイジェルは、死んだエレインに優しくできなかった分も、チェリーに優しくするから、問題ないよ、と。まるで、はるか昔からナイジェルを知っているかのような自信だったが。ジュンの寛容さも、時によりけりではないか。

「やあ、エディ」

 ジュンの後ろに立つぼくに、ティエンはわざとらしく、優越の視線を向けてきた。

「ついにきみも、辺境の住人だね」

 と、皮肉な薄笑い。

「辺境では、自分の方が先輩だと言いたいわけか!?」

 ぼくの喧嘩腰に、背後で《エオス》の先輩たちが驚いた気配だが、仕方ない。こいつに対してだけは、強気に振る舞わないと。

「とんでもない。番犬としては、きみの方がはるかに先輩だよ。その忠義ぶり、尊敬する」

 ジュンと何年一緒にいても、まだ番犬のままだ、という厭味だ。言い返そうとしたら、ジュンがにっこり発言した。

「そう、あんたもエディと仲良くしてね。エディはあたしの大事な騎士だから。傍に来てもらって、本当に嬉しいの」

 ぼくははっとして、動きが止まる。

 ――騎士だって。

 ぼくが遠い目標にしていた地位が、他ならぬジュン自身から承認されたのか!? 本当に!?

「ティエンも、あんたの所の女の人たちを守ってあげてね。ティエンなら、きっとそれができるはずだから」

 ティエンの男らしい顔が、何ともいえない悲しみに歪んだ。つい、気の毒になったくらいだ。ぼくの身内に歓喜がふくれ上がるのとは対照的に、ティエンから生気が薄れていく。

「ああ、そのつもりだ……そうしているよ」

 と答えた言葉にも、力がない。彼にもよく、わかっているのだ。彼女たちに窮地を救われ、かろうじて生き延びたからには、大きな恩義があるのだと。その後、短い会話だけで、向こうから通話を終えたのは、ジュンの態度がよほどこたえたからだろう。

 ジュンは何人もの証人の前で、ぼくを〝自分の騎士〟だと宣言してくれたのだ。お義理や追従ではない。ジュンは、本気で思っていなければ、そんな発言はしない。

 ジュンの他に誰もいなかったら、ぼくは泣いていたかもしれない。だが、先輩たちがにやついているし、メリッサ嬢は興味ありげだし、ユージンは冷静な観察者の態度だ。ジュン本人はにこにこしている。もう、悠然と振る舞うしかない。

「ティエンは元気そうだね」

 と余裕ありげに言ったら、ジュンは姉のような包容力で言う。

「頑張ってるよ。頼もしくなった。先が楽しみだね」


   『レディランサー アグライア編』14章-3に続く

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