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恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-11

10章-11 ジュン

 惑星《タリス》でエディが死んだと思った時……正確には、死から蘇った姿を見た時に、淡い恋愛感情は、もっと大きな〝友愛〟に変化してしまった気がする。だから、エディに対しては、申し訳なさが先に立つのだ。尽くしてもらっても、お返しができない。きみの傍にいられるだけでいいんだ、とエディなら言いそうだけれど。

 アレンは改めて、あたしに訴えてきた。

「カティを泣かせておけない。ぼくが守りたいんだ。助けてくれないだろうか」

 あたしは迷った。これは本来、彼ら三人の問題だ。でも、あたしは既に、首を突っ込んでしまった。どうするのが、一番正しいことなんだろう。

 というか、恋愛に『正しい解決策』なんてあるのか。そもそも恋愛自体が、狂気に近い思い込みだろう。進化が作り上げた、強力な欲望。それがあるから、人類は熱心に繁殖活動してきたわけだ。

「……わかった。帰るふりで、二人で一階に向かって。手段は、あたしに任せて」

 とりあえず、一番の障害物を静かにさせて、時間を稼ごう。あたしには、他にもするべきことが山ほどあるのだから。

   ***

 カティさんは、アレンとアンヌ・マリーが兵に送られて出て行った後も、じっとソファに座っていた。あたしも横に座り、どう慰めたものか迷いながら、言ってみる。

「カティさんがアレンを忘れられなかったの、わかる気がするよ。いい男だね。本当に、あなたのことを心配してる」

 カティさんはようやく、口を開いた。

「ごめんなさい。わたしたちの争いに、あなたを巻き込んで。あなたは本当は、こんなことで煩わされる必要ないのに」

 その通りなんだけど、仕方ない。もう、友達だから。友達を大事にしなかったら、この世で何も成し遂げられないだろう。

「それはまあ、あなたもあたしの誘拐計画に巻き込まれたわけだから、お互いさまだよね?」

 カティさんは、疲れた様子ではあるものの、くすりと笑った。

「ジュン、あなたって、本当に偉いわ。そんなに若いのに、思いやりがあって。わたしはだめね。アンヌ・マリーの言う通り、甘ったれの弱虫だわ。あなたに守ってもらわないと、妹に会うことも怖くてたまらないなんて」

 そう言われると、こちらが恥ずかしい。あたしはエディやジェイクたちに守ってもらうために、彼らを辺境に呼び寄せてしまっている。絶対に来ないで、とは言えなかったのだ。

 来てほしい。傍にいてほしい。支えてほしい。違法都市にあたし一人で、どれだけのことができるだろう。いつ何時、メリュジーヌにお役御免を言い渡されるか、わからないのだ。

「でも、会えてよかった。アレンの子供が持てるなら、それでわたし、生きていけると思うの」

 それもまた、ちょっと危ういかもしれない、と感じた。カティさんが今度は、子供にべったりしがみつくようになったら、子供が不幸だ。

 でも、人が何かにすがるのは、仕方ないのかな。母を失った後のあたしは、親父にしがみついた。親父を守りたいとか思っても、それは表面的な理由で、結局は、親父に甘えたかっただけ。

 あたしも弱い。

 たぶん、自分一人で生きられる人間なんて、きっといない。

 でも、それでいいのではないか。もし、他人を必要としなくなったら、それはもう、人間ではないだろう。

 いったん席を外していたユージンが、戻ってきた。

「ジュン、アンヌ・マリーを途中で眠らせた。麻痺ガスだ。五階の医療室に運んである」

 あたしが頼んだ通り、うまくやってくれた。

「ありがとう」

 血相を変えて立ち上がったのは、カティさんだ。

「何ですって!? どういうこと!?」

 あたしは落ち着いて、という身振りをした。

「アレンに頼まれたんだ。あなたを連れて帰りたいから、アンヌ・マリーには、しばらく眠ってもらうって」

 連れ立って医療室へ行くと、待っていたメリッサが報告してくれた。

「ガスを吸わせて、一時的に眠らせてあるだけです。冷凍睡眠装置に入れるなら、そのように準備します。三時間以内に決めていただけると、追加の麻酔を入れなくて済むので、助かりますが」

 アレンが横に立ち、透明な蓋をされた医療カプセルの中で眠る赤毛の美女を見下ろしていた。アンヌ・マリーも、眠っていれば静かなものだ。あたしに気づくと、アレンは疲れたように微笑む。

「もう引き返せない。目覚めたら、怒り狂うに決まっているからね。それは、数年先まで保留にするよ」

「保留にしたって、解決じゃないけど」

「わかっている。その時までに、結論を出す。たとえば……半年ずつ、交互に一緒に暮らすとか」

 それくらいなら、アンヌ・マリーも仕方なく認めるかもしれない。拒絶したら、アレンを永遠に失ってしまうと思えば。

「さもなければ……双方に、子供を作ればいいのかもしれない。これまで、そんなことを考える余裕はなかったが。アンヌ・マリーはきっと、いい母親になる。情熱の向かう先が必要なんだ。子供ができれば、ぼくに割く時間も減るだろうからね」

 カティさんは部屋の入口あたりで固まったまま、がたがた震えていた。アレンは振り向いて、カティさんの方に歩いていく。そして、有無を言わせず、がばっとカティさんを抱きしめた。

 あ、いいな。

 見ているあたしも、つい胸が高鳴り、顔が熱くなってしまう。

 それはメリッサも同じだったようで、目を潤ませ、うっとりした様子で両手を握りしめている。もしかして、あたしの三倍の年齢でも、恋に恋する乙女のままだったりして。

「何年も辛い思いをさせて、すまなかった。苦労させると思うが、一緒に来てくれないか?」

 カティさんはまだ、声も出ない。それでも、ためらいながら、アレンに腕を回してしがみついた。しばらく経ってから、ようやく尋ねる。

「……本当に、いいの?」

「ああ。今度は、きみのために自分を使いたい。きみがそれを許してくれるなら」

 アレンたちの組織は、アンヌ・マリーを頂点としてまとまっている。そこにカティさんを連れ帰るのでは、やはり、混乱が起きるだろう。アンヌ・マリーを慕っていたバイオロイドたちが、反逆とまではいかなくても、不服従の動きを見せるかもしれない。そこを他組織に付け込まれる、という可能性もある。

 でも、アレンはそれを乗り越えるつもりでいる。ここは、彼に任せてみよう。カティさんも、彼に強くしがみついたまま、二度と引き離せそうにないのだし。

   『レディランサー アグライア編』10章-12に続く

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