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恋愛SF『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』3章

3章 シヴァ

 航行の途中で、リザードは艦内から消えていた。他の艦に移乗し、自分の仕事を片付けに行ったという。

 リザードは組織の軍事部門と研究部門を統括し、ジョルファですら正確には知らない基地を、あちこちに隠し持っているらしい。違法組織というのは、組織内でも秘密主義なのだ。一番恐ろしい敵は、有能な部下、ということらしい。

 グリフィン事務局の人選については、ジョルファが折れてくれた。

「既に集めた人材うち、女は残すが、男たちには元の場所に戻ってもらうことにしよう。改めてスカウトをやり直すが、元々、違法組織に人間の女は少ない。時間はかかるが、それは承知の上だろうな」

「ああ、わかってる。人が足りない分は、俺が働く」

 書類仕事は得意ではないが、疲れ知らずの体力があるということは、その気になれば、何でもできるということだ。科学者になれと言われても、軍人になれと言われても、必要な基礎は既にある。

 だから、懸賞金制度の運営もできるだろう。それが、従姉妹たちを守るために必要なことならば。

「その男たちには、無駄足させて悪かったと、リゾート惑星の招待券でも渡しておいてくれ」

 とルワナに頼んだ。市民社会なら、謝罪した上、違約金を払うところだ。違法組織だからこそ、ろくな説明もなく振り回しても、表立って文句を言われないで済む。

「かしこまりました」

 そういう実務は、ルワナがきちんと片付けてくれる。事務局を女だけにする案も、ルワナが認めてくれたから、ジョルファも追認してくれたのだろう。リザードからも特段の非難はなかったようで、助かった。茜に言い訳できないことは、極力したくないからな。

 十日ほどの航行で、違法都市《ルクソール》の管制宙域に入った。二百年ほど前に、この小惑星都市を建設したのは、六大組織の一つ《エンプレス・グループ》だという。現在では、人口百万を超す一級都市だ。

 ジョルファはここに、アマゾネス軍団の拠点を構えている。数百名の女が暮らす、要塞のようなドーム型施設だ。本物の人間の女がこれだけ集まる施設は、他都市でもまずないので、街の男どもには、下心の混じった好奇の視線を向けられているらしい。

 といっても、俺がそこへ顔を出すことは、絶対にない。《フェンリル》内で俺の顔を見ていいのは、リザードとルワナの他は、ジョルファと側近二人だけだそうだから。

 そして、その側近たちも、俺の本当の名前は知らない。俺が、どんな背景を持っているのかも。

「当面、この《ルクソール》を、きみの居場所にしてもらう。わたしが、きみと連絡を取り合う都合上だ」

 とジョルファに言われた。

 グリフィンの事務局も、ここの市街のビルに用意されている。スタッフの宿舎と、オフィスの機能を兼ねたビルだ。職員たちは外に出なくても暮らせるようになっているし、外出する場合には、ダミー組織の偽装をすることになっている。

 俺自身は都市内ではなく、桟橋に停泊させた船内で暮らせということだ。

「たまになら街に出ても構わないが、くれぐれも、素顔を目撃されないよう用心してくれ。どこに〝リリス〟のスパイがいるかわからない」

 とジョルファに言い渡された。グリフィンという名前だけは一人歩きするが、実体の俺は、これまでと同様、船や車の中で隠れ暮らすことになるわけだ。以前は一族や〝連合〟の目から隠れ、これからは従姉妹たちの目を恐れて。

 もしも俺がグリフィンだと知ったら、紅泉こうせんは俺が〝連合〟の軍門に下ったと思って、激怒するだろう。だが探春たんしゅんならば、別に何とも思うまい。彼女ははるか昔に、俺という存在を、自分の世界から削除してしまっている。だから俺は、故郷を捨てるしかなかったのだ。

「連絡ではなく……おまえが俺を見張る都合上、だろう?」

「そう思いたいのなら、そう思っても構わない」

 ジョルファというのは、いつもむっつりして、可愛くない女だ。まさに鋼鉄ゴリラ。こいつに言い寄った男は、どんな企みのためとはいえ、あまりにも命知らずだった。

 逆に、セレネとレティシアは色気過剰だ。隙さえあれば、俺にすり寄ってくる。これはこれで、始末が悪い。なまじ美人なだけに、こっちの肉体が反応しそうになって、困るのだ。

「ここなら、ちょくちょくお会いできますわ、グリフィンさま」

「わたしたち、仕事の合間に遊びに来ますから」

 来なくていい、と何度言っても、彼女たちはひるまない。どうせジョルファの命令で、俺の弱点を探り出そうとしているのだろう。そんなもの、従姉妹たちと犬の他には、残っていないというのに。

 その《ルクソール》に入港する少し手前で、俺たちは《フェンリル》の艦隊から、グリフィンの紋章を付けた艦隊に移ることになった。

 六大組織の一つ《黄龍》の工場で建造された、最新鋭艦隊だという。ざっと資料を見ただけで、本当に最新鋭なのだとわかった。

 これに比べたら、これまで俺とショーティが持っていた艦隊は、時代遅れもいいところだ。権力の側に付くと、少しはいいことがあると納得した。後で早速、航行演習や戦闘演習をしてみよう。どうせなら、自由に使いこなせる方がいい。

「わたくしには戦闘方面はわかりませんので、それは、グリフィンさまのお好きなように」

 ルワナはおっとりと言う。しかし、ジョルファは元軍人だけあって、戦闘にも一家言あるらしい。

「演習なら、わたしも付き合うぞ。グリフィン艦隊の実力を知っておきたいからな」

 つまり、俺の指揮能力を計っておきたいのだろう。いずれ、俺と闘う時のために。

「好きにしてくれ。俺を追い払った後は、おまえがグリフィンになるんだろうからな」

 と言うと、露骨に嫌な顔をする。俺に、世辞でも言ってほしいのか。自分こそ、最初から喧嘩腰のくせに。

 ルワナと二人で小型艇に乗って移動し、俺の居住用だという大型艦に入ると、《黄龍》の工場からの曳航を担当したという、短い黒髪の小娘が待っていた。真新しい紺のスーツを着て、目一杯力んだ顔をし、背筋をぴんと伸ばしているが、スカートはかなりのミニ丈だ。

「初めまして。グリフィンさまの第二秘書の、リナと申します。これからグリフィンさまの身辺のお世話をいたしますので、どうかよろしくお願いします」

 勢いよく、ぺこりと頭を下げたのはいいが、しゃべり方が切り口上で、いかにも子供っぽい。

 改めて顔を見たら、すべすべの小麦色の頬に、丸い黒い目をして、まるっきり、学校出たての新入社員だ。どう多めに見積もっても、二十歳を過ぎているようには見えない。

「おまえ、幾つだ」

 と尋ねたら、リナは心外だというように、むっとした顔になる。

「十八歳になりました。もう子供じゃありません。リザードさまの秘書室で、見習いをしていました」

 俺は内心、がっくりきた。リザードめ。俺にはこの程度でちょうどいいだろうと、みそっかすの小娘を選んで寄越したな。

「子供じゃないと言い張る者は子供だっていう、宇宙の真理を知らんのか」

 と指摘したら、リナはむきになって言う。

「そんな真理、初耳です」

「じゃ、覚えとけ。おまえはあと十年経たないと、一人前になれない」

「どうして十年なんですか!! その年数の根拠は何ですか!!」

「そうやってすぐ、金切り声になるからだ」

 リナははっとして、口を押さえた。横から、ルワナが微笑んで言う。

「グリフィンさま、リナはこれまで、リザードさまの元で基礎教育を受けてきました。本格的な任務に就くのは初めてですが、わたくしも監督しますので、どうか気長に育ててやって下さい」

「おい、俺が育てるのか!?」

 初仕事のガキを!?

「組織の長としては、新人の育成も業務のうちですわ」

「ふん。違法組織も人材不足なんだな」

 リナは反抗心溢れる顔で俺を睨んでいたが、ルワナがにこやかに説明した。

「この子はいざという時には、グリフィンさまの護衛にもなります」

 俺は唖然とし、それから失笑した。俺の肩に届くかどうかという、細い小娘が護衛だと。

「そりゃあ有難いな。いざという時は、おまえの陰に隠れればいいわけか?」

「リナ」

 ルワナが視線で合図すると、次の瞬間、壁際に立っていたアンドロイド侍女の一体が、身を折って崩れ落ちた。その腹から、しゅうしゅう白煙が上がり、刺激的な異臭が漂う。

 常人には見えなかっただろうが、リナが、隠し持っていたカプセル弾を投げたのだ。親指の先ほどの大きさだが、衝撃で破裂し、溶解液を撒き散らす。普通人なら、即死か重傷だろう。アンドロイド兵士でも、無事では済むまい。

「この子は、グリフィンさまほどではありませんが、それなりの戦闘用強化を受けています。戦闘全般の訓練も受けています」

「なるほど。いざという時には、俺の処刑人になるわけだな」

 するとリナは、またしても怒る。

「どうして、そんな言い方するんですか!! わたしが受けた命令は、グリフィンさまのお世話と護衛です!! 遠い先のことはわかりませんけど、今はそれを一生懸命やりとげます!!」

 本気で言っているらしい。頭痛がしてきた。無邪気な殺し屋というのは、とてつもなく怖い。

「わかった。とにかく……その命令が撤回されるまでは、頼りにすることにする」

「そうです。頼りにして下さい」

 おい、今のは皮肉だよ。

 とにかくリナは、先輩であるルワナの指示には従うよう、リザードにきつく言われているらしい。

「グリフィンさまをお部屋にご案内して、お食事を差し上げなさい」

 と年上の女に言われると、素直に俺を船室区画へ案内した。予想していた通り、豪華な続き部屋だ。寝室に居間、食堂に書斎にジム。

 広いジムには、俺が愛用していたのと同じ型のサンドバッグや、鉛入りの木刀などが揃っている。最高幹部会の情報収集力はさすがだ。たぶん、俺のことなら何でも知っているのに違いない。中央製の、甘い恋愛映画が好きだということも。

 映画や小説は、現実逃避だ。俺の実生活は殺伐としているから(唯一の親友まで奪われて!!)、正反対の楽しみが必要なのだ。現実に立ち返った瞬間、虚しさに襲われるとしても。

「グリフィンさま、お夕食はこちらでなさいますか。サロンの方に、大食堂もありますけど」

「ここでいい」

 正装で正餐にしろ、などと要求されなくて助かった。リナが合図すると、すぐにアンドロイド侍女が料理を運んでくる。

 何種類もの前菜、グリーンピースのスープ、きのことベーコンのパスタ、白身魚のグラタン、厚いステーキ、たっぷりのサラダ、冷えたワイン。リナが吟味して用意させたということで、質、量共に申し分ない。デザートの果物とババロアまで平らげて、満足した。

 問題は、食事が済んだ後もリナが室内をうろうろして、酒だの着替えだの、先回りして世話を焼くことだ。それは秘書の業務というよりは、侍女の業務だろうに。

「おい、もう自分の部屋に帰っていいぞ」

「そうはいきません。グリフィンさまがお休みになるまで、控えているのが仕事です」

 そういうものか? ショーティは大抵、俺の近くの床で寝そべっていたが。あれは、犬時代からの習慣だったからだ。

「もしかして、おまえも、俺を誘惑しろと命令されているのか?」

 と軽い気持ちで尋ねたら、リナは、

「えっ」

 と驚いて、一気に壁際まで飛び退り、かちんこちんに固まっている。その顔があまりにも幼かったので、つい、からかってしまった。

「それじゃ、ストリップでも見せてもらうかな。見せるほどの胸があればだが」

 その途端、リナは怒りの形相になり、腕輪から溶解カプセルを抜いて投球モーションに入ったので、慌てて避けた。

「そういう下劣な冗談は、二度と聞きたくありません!!」

 俺の背後で壁に穴が空き、しゅうしゅうと白煙が上がっている。リザードは、どういう教育をしているのだ。これでは、秘書も護衛も務まらないだろう。上司がしょっちゅう、即死してしまうではないか。

「おまえ、俺が普通人だったら死んでたぞ!!」

 抗議しても、リナは悪びれない。

「だけど、強化体でしょ。ちゃんと、よけられたじゃないですか」

「だからって、怒ったら、いちいち溶解弾を投げるのか!!」

「わたしに手出ししようとしたら、また投げます!! 本気ですから!!」

 本気はよくわかった。この娘が心底では、俺を警戒して、ピリピリしていることも。セレネやレティシアのような、経験を積んだ大人の女とは違うのだ。

「あのな、俺は手出しなんてしてないだろ。ただちょっと、おまえをからかっただけだ」

 納得させておかないと、こちらの命が危ない。足首の爆弾は、既にルワナの手で外されていたが(艦内にいる限り、常に警備システムに見張られているからだ)、こいつに殺されたら、笑い話にもならない。

 リナはつんとして言う。

「わたしはグリフィンさまにお会いしたばかりなんですから、それが本気なのか冗談なのか、判別できません」

 ああ言えばこう言う。

「とにかく、俺を殺そうとするのは、俺が本気でおまえに襲いかかった時だけにしてくれ」

「あら、グリフィンさまが本気だったら、わたしが勝てるわけないじゃありませんか。やっぱり、危険を感じた時には、即座に反撃しないと」

 何が危険だ。危ないのはこっちだ。

「わかった。安心しろ。何があっても、絶対、おまえには手出ししない。たとえおまえが、人類最後の女だったとしてもだ。だいたい、おまえみたいな小便臭いヒステリー娘は、趣味じゃないんだ」

 うっかり正直に言ってしまったら、火吹きドラゴンのように赤くなって怒る。

「そういう言い方は、女性蔑視です!! ちゃんと、礼儀を守って下さい!! わたしはしっかり、お役に立つつもりでいるんですから!!」

   『ミッドナイト・ブルー グリフィン編』4章に続く

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