古典リメイク『レッド・レンズマン』18章 19章-1
18章 クリス
すぐにキムが、わたしに精神接触してきた。
《クリスさん、どうかしっかり、気を確かに……気を確かに持ってください。すぐに行きます。ぼくがあなたを守ります。ああ、ここからだと、三日はかかる。どうしたらいいんだろう……》
キムの方が動転し、混乱している。激しい後悔、自責の念、ベルに対する罪悪感、わたしを案じる気持ち。
おかげで、わたしの方がすっと冷静になれた。床から身を引きはがし、重い躰で何とか起き上がる。
呆けている場合ではない。悲嘆にくれていいのは、ベルくらいのものだ。他の者は、出来ることをしなければ。
アンドロメダ進攻、その先はまた次の銀河へ。ボスコーンの最上位種族を追い詰め、滅ぼすまで。彼らとの和解はありえない。そんなことを望む連中ではないのだ。
それにしても、可哀想なデッサ。寂しさに耐えられず、遠い銀河の隠れ家から飛び出したのに。彼女の捨て身の勇気でさえ、ボスコーンに利用されて。
《大丈夫……わたしは大丈夫よ。それより、すぐにヘインズ司令とつないでちょうだい》
リックの危惧は正しい。大変なことになる。パトロール隊の最高基地も、他の惑星も、超空間チューブを想定した防備は持っていない。敵はいつでも、銀河文明に対して、超空間を経由した攻撃ができるのだ。
その秘密兵器をこうして披露したからには、さして間を置かずに本格的な総攻撃が来る。その覚悟がなくて、ボスコーンは、こんな風にリックを狙ったりしない。
《それからウォーゼルと……独立レンズマンたちに、合議体を作ってもらって。最優先で》
ヘインズ司令やウォーゼル、ナドレックやトレゴンシーなど、多くの独立レンズマンと精神接触すると――わたしがレンズマンでなくても、わたしの知りえた知識を彼らは読み取ってくれる――わたしは自分の意見を伝えた。
レンズマンたちだって、このくらいのことはすぐ思いつくだろうが、言わずにはいわれなかったのだ。
《閣下、すぐに最高基地の防衛体制を作り直して下さい。超空間チューブで反物質爆弾や小型ブラックホール、惑星爆弾などを送り込まれた場合の対処が必要です》
デッサが超空間チューブの基本原理について、発生装置について、知りえた限りの知識をリックに伝えてくれた。そのデータがあれば、技術部が何か対策を講じられるはずだ。
《チューブの末端がドーントレス号の内部に出現してから、デッサが実体化するまで、三秒近くの間がありました。それだけあれば、反撃に移れるはずです》
歴戦のレンズマンたちが、慌ただしく思考を交換する。
《反物質や惑星爆弾が実体化すると、厄介だ》
《正反対の運動量を持つ無人惑星を、チューブの出口から送り込んだらどうだ》
《チューブの末端が宇宙空間に現れたら、そこへ攻撃を集中させればいい》
《しかし、艦隊の移動や、無人惑星の移動には、一定の時間がかかるぞ。いかに密に配置してもだ》
《チューブから何が出てくるか、実体化する以前に知りうるものか?》
《チューブ内での爆発は、外部にはどう影響するのだろうか》
《爆発でチューブが破壊されるのか、それとも、物理現象自体が、通常空間とは異なるのか》
《総攻撃の標的になるのは、やはり最高基地だろう。最高基地が消滅すれば、残りの基地は各個撃破されてしまう》
沸騰するような議論の途中で、新たに合議に加わった者がいた。わたし同様、レンズマンではないが、最高基地にいるレンズマンの支えを受けて、精神共有に参加できる。
ベルだった。かつての天才少女。今は成人して、事実上、リックの妻となっている。二人とも忙しくて、結婚式こそ、まだ挙げていなかったけれど。
《技術部のソーンダイクです。超空間チューブについては、こちらに任せて下さい》
既に誰かが、ベルに事態を伝えたらしい。ヘインズ司令の配慮だろうか。わたしには、その余裕がなかった。
《デッサの知識と、無人探査システムの測定値から逆算したモデルを利用して、ただちに、超空間チューブ発生装置の試作にかかります。それが大量生産できれば、こちらから、敵の本拠地に攻撃をかけられるでしょう》
ベルは蒼白だったが、冷静だった。あの、はにかみ屋が……なんて強くなったのだろう。
ベルは合議体に参加しているわたしに向けて、微笑みかけてきた。
《クリス、わたし、リックの報告を無駄にしないわ。絶対、試作機を間に合わせる》
わたしの方が、泣きそうになる。
《ごめんなさい、ベル……》
わたしが謝りたかったのは、リックが最後の通信を、ベルではなくわたしに向けたことだ。
《いいの、わかってる。リックの伝えたいことを一瞬で正確に受け取れるのは、クリスだけなんだもの。それで正解だったのよ》
それから、目を潤ませて付け加えた。
《リックは素晴らしい男性だもの。わたしの他にもリックを愛する人がいるのは、当然よ……デッサは最後の瞬間、幸せだったと思うわ》
ああ、神さま。
わたしは何の宗教も信じていないけれど、それでも、祈りたくなることがある。
どうか、どうか、迎撃が間に合いますように。そして、アイヒ族の本拠地を叩くことができますように。その先……ボスコーンの真のトップまでは、はるかに遠い道程だとわかっているけれど。
19章-1 キム
銀河パトロール隊は、総力を挙げて二正面作戦に取り組んだ。
一つは、最高基地の防衛。
もう一つは、アイヒ族の本拠地、アンドロメダの惑星ジャーヌボンへの進攻準備。
もっとも、アイヒ族が全員、母星にいるわけではないだろう。多くの惑星や艦隊に散っているだろうから、本拠地を潰した後も、根気よく掃討戦を行っていくしかない。
パトロール隊の兵器工廠では、次々に新造艦を建造していた。超空間チューブを通して送り込まれてくるのは、反物質爆弾やブラックホールばかりでなく、ボスコーン艦隊かもしれないからだ。
ラ・ベルヌ・ソーンダイク博士の率いるチームは、やはり天才科学者であるカーディンジ卿の助力を得て、超空間チューブの試作機に取りかかっている。
カーディンジ卿は頭脳が鋭すぎて、普通人からすると理解が難しい人だが、ソーンダイク博士がうまく通訳を――お守りを――こなしてくれていた。
身重の女性には大変な重荷だろうに、彼女は愚痴一つ言わない。自分一人の時は泣いているかもしれないが、人前ではしゃんと頭を上げている。
人類以外の種族も、それぞれの得意分野で仕事を受け持っていた。金属資源や希少資源を提供してくれる種族、技術者を送り出してくれる種族、艦隊の運用に携わってくれる種族。
銀河系中の知的種族が、一つの目的に向けて団結するのだ。資源も人材も、銀河系中からかき集められる。これだけのマンパワーがあれば、どんな困難も、必ず突破できるだろう。
クリスさんもまた、全体の調整役として働いていた。資材や人員の適正配置、繰り返される大小の会議の世話、新たな技術を組み込んだ作戦立案、無数のトラブルの解決……
《働きすぎですよ。たまには一日、何もしないで休んで下さい。休まないと、いずれ倒れますよ》
ぼくは精神接触の都度、何度も頼んだが、クリスさんの返事は決まっていた。
《何かしている方がいいの。動いている方が楽だわ》
それは、ぼくも同じだ――一人になると、自己嫌悪で真っ暗に落ち込んでしまう。そんなことは、後にしなければならないのに。
ぼくは艦隊の運用に回され、他の大勢のレンズマンと共に、防御のシミュレーションを繰り返していた。超空間チューブがどの位置に、どのくらい出現するか。そこから、どのような兵器が繰り出されるか。
超空間チューブの出入り口は、大質量の近傍には設置できないことが判明していた。カーディンジ卿が計算してくれたのだ。つまり、恒星周辺は安全だということだ。だからそこに、種々の兵器を準備しておける。
ありとあらゆる想定をして、それに応じた防戦を考えていった。実際に艦隊を動かし、速度や密度や火力の問題点を発見し、改良を加えていく。
しかし、こういうことは、候補生時代にさんざん練習させられてきたことだ。実戦で鍛えられたレンズマンも多くいるし、各艦にはベテランの艦長たちがいる。戦闘そのものは、たぶん、すぐに終結するだろう……圧勝するか、惨敗するか、どちらかだ。
驚くべきは、ソーンダイク博士の有能さだった。彼女は、
「妊娠していても、頭は働くわ」
と言い、チームを率いて技術的な困難を一つずつ解決し、超空間チューブの試作機を完成させてくれた。これが作動すれば、後は細かい改良を施せばいいだけだ。仕様が確定すれば、大量生産は、ほぼ自動で進められる。
「わたしには、この子がいるから、頑張れるの」
そばかすを頬に散らした女性は、そう言って微笑んでいた。リック先輩の娘が、彼女のお腹にいる。名前はテレサにしようと、話し合っていたそうだ。それは、リック先輩とクリスさんのお母さんの名前である。
女性は強い――こういう女性たちがいる限り、未来はきっと明るいはずだ。生き抜いて、命をつなぐこと。それこそが、最終的な勝利なのだから。
***
アイヒ族の指揮下にあるボスコーン艦隊が、惑星バージリアの最高基地に総攻撃をかけてきた時、ぼくたちは準備ができていた。
超空間チューブの先端が宇宙空間に出現した時、そこには無数の兵器と艦隊が待ち構えていたのだ。
チューブから反物質爆弾や、ブラックホールが送り込まれてきた時には、それがチューブの先端から出きらないうち、こちらから運動量のある物体を押し込んだ。無人惑星や、囮艦隊などだ。
どんな大爆発が起きようと、チューブの内側であれば、通常空間に影響はないということが、もうわかっている。
迎撃が間に合わず、チューブから出て実体化してしまった爆弾や艦隊は、こちらの艦隊で迎え撃った。無数の砲撃が交錯し、対消滅のプラズマが広がり、何千何万という核爆発が宇宙空間を照らしたが、それは想定のうち。
活躍したのは、近傍の恒星のエネルギーを一点に集中させた太陽ビームだった。
どんな艦隊の防御スクリーンも、恒星のエネルギーには耐えられない。戦闘艦はスクリーンを破られると一瞬で燃え上がり、プラズマとなって霧散する。
敵が送り込んできた惑星爆弾も、こちらの小惑星の衝突によって進路をそらされ、太陽ビームの放射でマグマの塊に変えられ、邪魔にならない軌道に落とし込まれた。
戦闘が終結した時、迎え撃ったパトロール艦隊は、さすがに相当の被害を受けていたが、最高基地そのものは、ほとんど無事で残っていた。つまり、ぼくらは防衛に成功したのだ。
《やったな、キム》
ウォーゼルが接触してきた。彼の種族も、人類と並んで活躍してくれたのだ。
《ええ、お疲れ様でした》
《今のうちだ。じかにクリスと会って、するべきことをしろ》
つまり……子孫繁栄の努力を。
《ええと、まあ、その……頑張ります》
クリスさんはたぶん、今は妊娠している暇などない、と言う気がするけれど。
『レッド・レンズマン』19章-2に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?