恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-5
6章-5 ジュン
しばらく、開いた口がふさがらなかった。冗談じゃない。まさか、そんな風に思われていたなんて。
「あたしがそんな、そんな風になるわけないでしょ。あなたこそ、大金目当てに人を誘拐するなんて、公務員のくせに……そんなこと、公務員でなくたって犯罪だけど……」
「お金じゃないわ」
え?
「じゃあ、不老処置……」
けれど、彼女は顔をそむけて言う。
「そんなことじゃない」
そういえば、今日もカトリーヌ・ソレルスは地味な格好だ。深緑のブラウスに、黒いタイトスカート、黒いタイツ。似合ってはいるけれど、どうせなら、もっと明るい色を着ればいいだろうに。あたしもまた、適当なシャツとスパッツという、機能優先の格好なので、人のことは言えないが。初対面の時の彼女は、きっちりした制服姿であっても、もっと華やかに見えたのに。
「じゃあ、何のためなのさ。説明してよ」
やはり、妹の事件と関係があるのだろうか。開発局の船が姿を消したのは、妹とその恋人の共謀だったのか。
「言っても無駄よ。あなたなんかには、わからないわ。そんなに若くて可愛くて、愛してくれる男性がいて、どこでもちやほやされて。おまけに今度は、〝連合〟に抜擢されて」
へっ!?
何か、妙な評価をされている。美人度やグラマー度から言えば、明らかに、この人の方が上なのに。
それに、愛してくれる男性って、誰のこと。そりゃ、親父には愛されてるけど、親子だから当然でしょ。この人にも、心配してくれる両親や祖父母はいるはず。
「あたしは、ちやほやなんか……」
「どこでも特別扱いされて、ファンクラブまであるじゃないの」
「それは、懸賞金リストに載ったからだよ。確かに、警備はされるけど……」
各星の大学生を中心としたファンクラブがあるのは、本当だ。規模も数も、〝リリス〟のファンクラブには遠く及ばないけれど。
ファンクラブとして公認してくれという申し込みが、何十件もあった。不公平にならないよう、全て断っている。その方がいいと、親父に言われたから。
その通りだ。あたしがいい気になって、のこのこ『ファンの集い』なんかに出かけたら、警備してくれる人にも、罪のない大学生にも、迷惑をかけることになりかねない。
それなのに、赤毛の美女は顔を歪めて言う。
「あなたなんかに、負け犬の気持ちはわからないわ。何もできないまま、歳だけとっていく女の気持ちなんて」
何、それ。
この人、いい年をした大人の女性じゃなかったの。
「あなたの人生なんだから、何でも、あなたの好きなようにすればいいだけじゃない。誘拐に手を貸したのも、あなたの選択でしょ。何がうまくいかなかったのか知らないけど、あたしに八つ当たりしないでくれる?」
すると、緑の目に涙が盛り上がってきた。嘘でしょ。まるで、あたしが意地悪して泣かせたみたい。
「……あなたも同じだわ。アンヌ・マリーと。強くて優秀だから、踏まれる者の痛みがわからないのよ」
何だ、それは。
「つかぬことを伺いますけど、誘拐された被害者は、あたしじゃないんですかぁ?」
それにしても、この人の口から初めて聞いたな。双子の妹の名前を。じゃあもしかして、妹に恋人を取られたという話、本当なのか。だからって、犯罪に走っていいことにはならないと思うけど。
「あたしだって、親父やエディが今頃、げっそりやつれているんじゃないか、これでも心を痛めてるよ!!」
それでも食欲はあるし、運動は欠かさない。そうでなければ、事態に対処できない。あたしはまだ、十七年しか生きていないのだ。簡単に死んでたまるものか。
「いずれ連絡できるわ。あなたの地位が確定したら、何でもできるでしょう。あなたは辺境でも勝ち抜いていける、エリートよ。わたしは違うわ。ただの凡人。自分の子供が欲しいだけ。普通の幸せが欲しかっただけなのよ」
子供? 普通の幸せ?
予期していなかったので、たじろいだ。まるで……あたしの母のようなことを言う。命を縮めてもいいから、〝普通〟が欲しかったと。
(でも、ママは無法の辺境で戦闘兵器として創られたから、普通の暮らしを得ようとしたら、中央の市民社会を目指すしかなかった。最初から中央にいて、家族にも友達にも囲まれている人が、なぜ、普通の幸せを求めて辺境に出るというの!?)
とにかく、カトリーヌ・ソレルスは、逃げるように行ってしまった。
何だろう、あれ。あんな泣き虫のひがみ虫で、よく人を誘拐したりしたものだ。子供が欲しかったって? そんなもの、適当な男ににっこりすれば、簡単に手に入るだろうに。
(あっ、そうか)
遅まきながら、気がついた。彼女はまだ、妹に奪われた男に未練があるのかも。すると、辺境に出ることにしたのは、その男に会うため? それとも、妹からその男を奪い返すつもり? でも、あの様子じゃ、妹には勝てそうにないな。その妹が、辺境で生き延びているのなら。
あたしはユージンの船室に出向いて、彼に尋ねた。
「ねえねえ、カトリーヌ・ソレルスが要求した報酬って、何なの? あなたは知ってるんでしょ?」
すると彼はしばし考え、逆に尋ねてきた。
「彼女の事情を知ったら、それで、きみの行動が変わるのか?」
「えっ?」
「単に好奇心で知りたいだけなのか、それとも、彼女に何か救いの手を差し伸べてやるつもりなのか?」
救いの手? 被害者のあたしが?
「あたしが救う必要ないでしょ? 彼女は立派な大人なんだし、〝連合〟から報酬をもらって、好きな所に行けばいいんだから」
「そう思っているなら、詮索するな。きみには関係のないことだ」
へえ、そうですか。親切かと思うと、突き放す奴だな。まあ、違法組織のボスに親切を求める方がおかしいんだけど。
それにしても、あたしが彼女を守ってやるって? 情緒不安定の誘拐犯を?
まさか、だ。あたしは自分と、自分の身内の心配だけで手一杯なのに。
『レディランサー アグライア編』6章-6に続く