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恋愛SF『レディランサー アグライア編』1章-2

1章-2 ユージン

 それならば、少女が繰り返し危地から逃れたことの説明がつく……七割か八割は本人の実力でも、あとの数割は〝連合〟の密かな援護のおかげ……

「ええ、ジュン・ヤザキをうちに入れるわ。幹部待遇でね。他組織でも欲しがったのだけれど、今回はわたしが優先交渉権を得たの。そのつもりで、丁重に出迎えてちょうだい」

 それにしても、十年後ならともかく、今、まだ子供から抜けきっていない娘に対して、そこまでするとは。今の最高幹部会は、何を恐れる必要もない存在だと思っていたが……安泰なうちに先へ先へと手を打つ、ということなのか。

「ずいぶん、大胆な抜擢ですね。正義感の強い娘だと聞いていますが、脅して働かせるわけですか?」

 女の恐ろしさは、男と違う発想をするところにある。六大組織から二名ずつ、合計十二名が集まる最高幹部会メンバーのうち、女はこのメリュジーヌともう一人、リュクスしかいないが、彼女たちは他の十名からも畏怖されているらしい。

 白い美女は、艶麗な微笑みで言う。

「いいえ、脅しではなく、納得ずくで働いてもらうの。そうでなければ、本領を発揮できないでしょう。ユージン、あなたには今後、長いこと、ジュン・ヤザキの側近を務めてもらうかもしれない……」

 これはどうやら、本腰を入れてかかる仕事のようだ。

「わかりました。接触の方法は、わたしに一任ですか?」

「いいえ、計画を用意してあります。それと、ジュンに関する詳しい資料を送るわ。世間に知られていないことも、幾つかあるのでね」

 報道された活躍以外に、彼らがジュンを認めた〝何か〟があったらしい。もしかして、殺しを気にしない性格だとか? あるいは、権力欲が強いとか?

 辺境に新たな魔女が増えるだけなら、うすら寒い思いがする。

「力ずくの拉致でないのなら……こちらから、ジュン・ヤザキに提示できる条件は?」

「彼女が〝連合〟の一員になってくれるなら、父親を懸賞金リストから外します。ジュン本人には、わが《キュクロプス》の幹部待遇と、最新の不老処置を約束します」

 なるほど。父親が命を狙われなくなるなら、ファザコン娘としては、考えるかもしれない。父親の命を守るために武道や射撃を習い、見習いとして輸送船《エオス》に乗り込んだという孝行娘だ。

 実験体の母親を早くに亡くした後、彼女には、もう父しか身内がいない。父親の親族とは、戦闘用実験体との結婚を反対されて以来、絶縁状態だという。

「まあ、彼女がうちの幹部になれば、それだけで、父親の命を狙う愚か者は、いなくなるでしょうけどね」

「しかし、彼女は、正義の側の〝新星〟になるものと思っていました」

 元々、最高幹部会は、ヤザキ船長や〝リリス〟その他の有名人たちが憎くて、懸賞金リストに載せているのではない。

 一種の『スター・システム』なのだ。

 市民社会の大物たちをグリフィンの暗殺リストに載せることによって、辺境を支配する〝連合〟が、彼らの偉大さを認め、畏怖しているという証拠になる。

 ハンターの〝リリス〟しかり。

 クローデル司法局長しかり。

 尊敬を集める硬派の軍人たちや、理想主義の学者たちもそうだ。

 リスト入りすれば、懸賞金目当てのチンピラのために余計な危険を招くことは確かだが、市民たちの尊敬は増す。軍や司法局の警護も手厚くなる。世間に対する発言力も強くなる。

 彼らを中核として、市民社会がまとまることが肝要なのだ。健全な市民社会が存続してこそ、新しい人材が生まれ育つ。

 そして、こちらはその中でも最優秀の人材を勧誘し、違法組織に取り込める。

 辺境の人間たちは、不老処置で長生きするのが普通だが、だからこそ、繰り返し清新な人材を入れていかなければ、組織が硬直化する。あるいは弛緩する。それが、最高幹部会の考え方だ。

 悪党狩りのハンター〝リリス〟が長く戦い続けていられるのも、グリフィンの側が、密かに手加減したり、庇護したりしているためかもしれない。それはわたしも、メリュジーヌに尋ねて確かめたことはないが。

 〝知りたがり〟になるつもりはなかった。わたしは彼女の配下の一人に過ぎない。不要になれば、いつでも切り捨てられる存在だ。質問は最小限でいい。

「ええ、新星には違いないわ。ただ、わたしたちの新星として売り出すの。そうしたら彼女の元に、まともな人材を集めやすくなるでしょう。既存の組織を信用しない者たちでも、ヤザキ船長の娘なら注目するわ」

「なるほど、人寄せパンダというわけですね」

 だが、本当にそれだけことなのか? ただそれだけのために、大組織の幹部の座を用意して、小娘を出迎える?

 悪くはないが、本当に本気で、彼女を売り出すつもりなのか……そして、そこにどれだけ、わたしの裁量が発揮できるのだ? それともわたしは、いずれ、彼女の抹殺まで背負わされるのか?

 ***

 メリュジーヌとの通話を終えると、しばらくデスクで考え込んだ。

 人間がバイオロイドを培養して奴隷にし、人間同士で殺し合っている世界。

 人体改造や人為的進化の研究が続けられ、生体実験が繰り返され、様々な怪物が生み出されている世界。

 まだ若い娘を、こんな世界へ引き込むのは、確かに残酷だ。しかし、それは彼女の能力が招いた運命。いったん引き込まれてしまえば、慣れてしまう。わたしのように。

 リゼル。マリシア。

 妻と娘から引き離され、もう十五年あまり。

 条件は単純だった。わたしが最高幹部会に尽くしていれば、妻と娘は無事でいられる。会うことも、連絡を取ることもできないが。

 四歳だったマリシアは、もう一人前の娘になってしまった。わたしの顔など、写真でしか知らないだろう。

 女手一人で娘を育てたリゼルも、数年前から、恋人を持つようになっている。わたしは単に、行方不明になった、元夫。もはや、泣き暮らした日々など、思い出しもしないだろう。

 もう、わたしに帰る場所はない。わたし自身が既に、辺境に染まってしまっている。できることは、精々、自分の組織内のバイオロイドたちを守ってやることくらいだ。

 ジュン・ヤザキはどうだろう。彼女がこの世界で地位を得たら、弱い者たちを守ってくれるだろうか。そのために、他組織と戦ってくれるだろうか。

 だが、やりすぎると最高幹部会に睨まれる。〝連合〟を存続させつつ、辺境の邪悪を減らすことなど、できるのか。

 甘い期待はするまい。父親の七光に守られてきた娘だ。権力を与えられたら有頂天になって、変質してしまうかもしれない。司法局員だったわたしでさえ、もはや、殺人や誘拐にためらいは持たないのだから。

   『レディランサー アグライア編』2章へ続く

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