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恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-10

6章-10 ジュン

「あなたたちが本気で、そんなことを望んでいるとは思えない。だって、それなら、自分たちで改革すればいいでしょう?」

 するとメリュジーヌは、あたしに向き直った。風が動いて、甘い香水の香りを運んでくる。思わず、くらりとするような香り。あたしは百年生きても、こんな風にはなれないだろう。

「わたしたちでは、どう訴えても、市民に信用されないからよ」

「へえ、それは自覚しているんだ」

 と言ったら、メリッサが慌てた様子で両手を上げかけ、そのまま固まった。辺境の大物に対して、あたしの態度が無礼すぎるというのか。しかし、誘拐された側が遠慮しなければならない道理はない。それに、メリュジーヌは別に腹を立てた様子もない。

「信じなくていいから、聞いてちょうだい。辺境は、このままでは行き詰まるわ。新しい人材が足りないからよ」

 ほう?

「不老不死目当てで辺境に出てくる者たちは、志が低いのよ。自分の欲得しか頭にないのでは、大きなことはできないわ。互いに足を引っ張り合って、疲弊するだけ」

 それはそうだろう。

「だから、わたしたちは、あなたを選んだのよ。若くて清新な人材をね。あなたに、この都市の改革をしてもらいたいの」

「この《アグライア》の?」

「そうよ。まずは、ここで改革の実験をしてほしいの。あなたなら、できるでしょう。英雄の娘として、既に名前が知られていて、あなた個人の信用も築かれている」

「おかげさまで、ね」

 あたしの皮肉で好戦的な態度にも、メリュジーヌは微笑みを崩さなかった。むしろ、あたしの気の強さを楽しんでいる。
 
「あなた自身、戦う意志も、改革する意志も持っているでしょう? この都市で改革が成功すれば、それは他都市へも波及するはずよ。姉妹都市を建設することも、いずれはできるでしょう」

 意欲は、否定できない。大組織の幹部の座というのにも、正直、惹かれている。権力が全てではないが、権力は大事だ。それがあれば、何をするにも格段に楽だろう。

 ただ、おだてに乗るのは怖い。どんな落とし穴が待ち構えているか、あたしの単純な頭では、想像がつかない。

 そこでメリュジーヌは、カティさんの方を向いた。

「ミス・ソレルス、あなたはどう思って?」

 すると、カティさんは真剣に答えた。

「ジュンならきっと、この世界でやっていけるでしょう。わたしもできる限り、協力します」

 あれあれ、ちょっとの間に、ずいぶんたくましくなっている。メリュジーヌはにっこりした。

「あなたもめでたく、彼女の保護下に入ったようだしね。あなたの〝報酬〟は、近日中にここに到着するはずだから、受け取った後はどうしようと、あなたの自由です」

 ふむ。カティさんとの契約は守るつもりらしい。それは結構。

 ……いや、あたしがカティさんを突き放していたら、どうなっていたか、それはやはり、わからないな。

 そして白い美女は、あたしに向き直る。面白そうに微笑んでいても、目は鋭い。もしかして、カティさんをどう扱うかも、あたしを判断する材料になっていたのか。つまり、あたしはずっと観察されていたのだ……辺境の明日を左右する、この連中に。そして現在のところ、まだ期待をかけられているらしい。

 悪党に見込まれるって、いいのか悪いのか、よくわからないが。

「これからそうやって、いくらでも部下を増やしていけばいいのよ。あなたが《キュクロプス》に入ってくれたら、ヤザキ船長を懸賞金リストから外すわ。その条件で、何か不服があるかしら?」

 うう。よくも、人の弱みを。

「不服は、ない。親父が安全でいられるなら、あたしはここにいてもいい」

 もう、やけくそである。どのみち、退路はない。メリュジーヌは満足そうに微笑んだ。

「よかったわ。実はもう、公式発表の準備は整っているの」

 愕然とした。

「何、それ」

 まさか。まさか。

「あなたが自分の顔をさらして、世界に宣言するのよ。こういう条件で、最高幹部会に勧誘されたと。そうすれば、全世界が証人よ。もし、その約束を違えたら、こちらのマイナスになるわ」

 驚きだ。違法組織は、秘密主義ではなかったのか。

「そんなこと、宣言していいの?」

「隠しておく必要はないし、むしろ宣伝するべきなのよ。そうすれば、あなたにも覚悟ができるでしょう。一時間後に、全世界に流すわ」

 もう、そこまでお膳立てができているのか。市民社会の政治やビジネスなんかより、ずっと迅速だ。これはあたしも、うかうかしていられない。

「着替えとメイクの手配はしてあるから、メリッサが案内するわ。スピーチ原稿もできているけど、手を加えたいならご自由に。後でわたしがチェックします。あなたが、この都市の総督に就任する挨拶よ。威厳を持って、簡潔にね」

 え、いま何て。

「あたしが、何に就任するって?」

 メリュジーヌは、悪戯を企むように唇を突き出した。

「そ・う・と・く。ジュン・ヤザキが、この《アグライア》の最高責任者になることを、世界に知らせるのよ」

 そういう役職、歴史の時間では習ったけれど、今の市民社会にはない。各星系に、惑星議会と惑星行政府があるだけだ。植民惑星を代表するのは、惑星首都の市長や議長ということになっている。そして、その連合体の上に、連邦最高議会がある。

「総督っていうのは、つまり……」

「この都市の代表であり、経営最高責任者よ。これからはあなたが、この都市の維持管理に全責任を負うの。対外的な防備の面でもね。もちろん、あなたの上司は、わたしということになるけれど。よほどのことがない限り、わたしは口を出さないつもりだから」

 ちょっと川に足を入れたら、どかんと洪水が来て、一気に海まで押し流されたみたい。

「前例に囚われず、好きに運営するといいわ。この都市が人を集めて繁栄している限り、最高幹部会は、繁栄の中身に文句を言いません。あなたの好きな法律を作っていいのよ。というより、あなた自身が法律ね。その法律が気に入らない者は、この都市から出ていけばいいのだから」


   『レディランサー アグライア編』7章に続く

このレディランサーのシリーズは『アイリス編』『ドナ編』『ユーレリア編』『チェリー編』『ティエン編』『帰郷編』『アグライア編』という流れです。

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