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恋愛SF『レディランサー アグライア編』17章-2
17章-2 エディ
「ああ、試験の途中で誘拐されたんだものね」
民間航路の船長に必要な、A級パイロットライセンス。それが、《エオス》の二代目船長を目指していたジュンの、当座の目標だった。今となっては、遠い昔のように思えるが。
違法都市《アグライア》にはそれなりの防衛艦隊や輸送艦隊があり、どの船も、ジュンの命令一つで自在に動くのだ。たった一隻の輸送船が全世界だった頃とは、まるで違ってしまっている。ジュンが今、総督として持っている戦力は、惑星連邦軍の中規模艦隊に匹敵するだろう。辺境の大組織からすれば、新人に払い下げて惜しくない、中古の艦隊に過ぎないとしても。
「大学の通信講座も、途中で放り出したままだし」
「そりゃあ、今は忙しいし……でも、実地で、都市経営の勉強をしているようなものだよ。そのうち大学の方から、違法都市についての講義を頼んでくるかもしれない」
しかし、ジュンにはそれが悔しくてならないらしい。多くの市民が普通にたどる道から、自分はこぼれ落ちてしまったと言う。世間では、どれだけの人間がジュンを羨んでいるかしれないのに。
「今は自分の艦隊があるんだから、好きな所に行けるじゃないか」
と軽く言ってしまったのが、まずかった。
「そういう問題じゃない!!」
ジュンがべそをかいているようなので、慌てて向き直った。総督就任以来、ずっと張り詰めていたから、とうとう反動が来たのかもしれない。
「ごめんよ、ぼくが悪かった。親父さんから引き離されているのに、辛くないはずないよね」
すると、子どもっぽく不貞た顔。
「親父なんか。どうせ、ドナ・カイテルに取られたようなものだし」
あれ、だいぶ父親離れしているのだろうか。それとも、嫉妬してすねているだけか。
「どうしてほしいのか、言ってみてくれないかな。ぼくにできることなら、何でもするから」
せめて、アップルパイを焼けとか、チョコレートパフェを持ってこいとかなら、対応できるのだが。それ以上、高度なことは無理だ。ジュンの側近として、この都市内では大きな顔をしているが、ジュンが破滅する時が来たら、何の力にもなれないだろう。
「ううん、エディはただ、愚痴を聞いてくれるだけでいいの」
「ああ、そういうことなら……一晩中でも大丈夫だよ」
優しくにっこりしたつもりなのに、斜めの位置に座ったまま、ジュンが固まってしまったようなので、ぼくは恐怖で腹が冷たくなった。
ジュンに何か、怖い連想をさせてしまったのかもしれない。あんな悪質なポルノ映画を進呈されてしまった後だ。もしかしたら本当は、男と一室にいること自体、無理があるのかもしれない。いくら、ぼくが気心の知れた〝番犬〟でも、男には違いないのだ。
「あ、でも、明日は朝一番で面接が入ってるよね。そろそろ、寝た方がいいかもしれない」
と腰を浮かせた。ジュンはこわばった顔のままだが、ぼくを引き留めることも言わなかったので、そのままおやすみの挨拶をして、護衛兵の立つ通路に出る。
……危ない、危ない。
ジュンだって、疲れて、色々と神経質になっているのだ。いくら《エオス》の仲間が付いているとはいえ、ここは違法都市。若い女性にとっては、隙を見せずに振る舞うだけで、大変な苦労だろう。
こういう時、アイリスのように、ジュンを安心させられる年上の女性が側にいてくれるといいのだが。いや、アイリスは、もはや人間ですらないのだが……。
首席秘書のメリッサには悪気はないものの、辺境に染まっているから、どこかズレている部分がある。それに、彼女の本当の上司は、どこか離れた場所にいるメリュジーヌだ。
ジュンはそのメリュジーヌに連絡を取り、色々と教わっているらしいが、彼女もまた、底知れない人物だ。いざという時、ジュンが本当に頼れる相手ではないだろう。
(他に誰か……ネピアさんは行方が知れないし……そもそも、ぼくらを助けてくれたことが、ジェイクに対する、最後の恩返しというつもりだったらしいし……)
もし、ジュンの憧れのハンター〝リリス〟が《アグライア》に立ち寄ってくれたら、どうだろう。そんなことは、司法局経由で頼んでも、無理だろうか。最高議会ではジュンの味方をしてくれたが、ジュンがどこまで頑張るか、遠くから監視するつもりなのかもしれない……
(あ、そういえば)
ふと思いついたのは、センタービル内の女性たちの噂話を立ち聞きしたことがあるからだ。一度、《ヴィーナス・タウン》に行ってみたい。でも、近くの都市には支店がないから、往復の日数を考えたら、とても無理だと……
そうだ、辺境には《ヴィーナス・タウン》という場所がある。
ぼくは女性の流行にはうといが、そこが男子禁制、女性専用のファッション・ビルだということは聞いていた。ホテルや社交サロンも備えた、大型の娯楽施設。主要な違法都市には、支店を出している。調べてみたところ、有力組織の女性幹部たちが、こぞって顧客になっているらしい。
辺境の宇宙で、男たちに伍して戦っている女性たちが、男たちに邪魔されず、買い物や休養を楽しめる場所……
ジュンも、そういう場所へ行ってみたらどうだろう。あるいは、この《アグライア》に支店を出してもらうとかは? そうしたら、ジュンはそこで女性の友達を作れるかもしれない。
《ヴィーナス・タウン》の本拠地は、違法都市《アヴァロン》にあるという話だった。そこに連絡を取ってみても、いいかもしれない。そう、ユージンやジェイクたちに意見を聞いてから。
『レディランサー アグライア編』18章に続く