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恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-8

6章-8 ジュン

 出迎えの兵たちに囲まれ、特別階へ通じる専用エレベーターに案内されたけれど、ふと気がついて振り向いたら、カトリーヌ・ソレルスは、ここまで乗ってきたトレーラー内に取り残されていた。

 車の扉が開いたままなので、ぽつねんとシートに座って、こちらを見送っている姿が見える。《クーガ》の制服を着た護衛のアンドロイド兵が付いているけれど、何だか、監視されている囚人のようにも思えた。彼女は相変わらず、暗い顔のままでいるし。

 大体、美人なのに、服が地味だよ。

 もう管制局の制服を着る必要はないんだから、赤でも白でも着ればいいのに、いつも紺とか黒とか深緑じゃない。赤毛の人に、赤やピンクの服は、難しいのかもしれないけど。

「彼女はどうするの?」

 あたしがエレベーターの前で尋ねると、ユージンは冷淡に言う。

「きみが心配する必要はない。彼女は報酬を受け取ったら、勝手にどこかへ消える」

 勝手に、ってねえ。あの様子では、ユージンの保護下から放り出されたら、すぐさま禿鷹の餌食になりそう。

 迷ったのは一瞬で、あたしは動いた。大抵、まず動いてしまうのだ。そして、後から後悔する。でも、その後悔は、行動しなかった時より小さいのではないか。

「ちょっと待ってて」

 あたしはすたすた歩いて車に戻り(出迎えの兵たちはあたしを止めず、あたしの動きに合わせて配置をずらしただけ)、車内の女に声をかけた。

「カティさん、あなた、報酬を受け取った後、行くあてはあるの?」

 すると彼女は驚いたようで、しばらく呆然としてから、力なく首を横に振る。頼りないこと、おびただしい。

「じゃあ、あたしと一緒に来ればいい」

 そんなこと、つい一分前まで、考えていなかったけど。口にしたことで、はっきりした。この場合、それが唯一の正解なのだと。

「わたしが、どうして……」

 カティさんは狼狽を見せた。あまりにも素直で、無防備だ。あたしの目の届く範囲内に置いておかないと、どうなるか、はなはだ心もとない。一緒にいたって、守ってあげられるとは限らないけれど。

 まあ、毒を食らわば皿まで、だ。この世界であたしに何ができるか、その第一歩だろう。

「あなたを、秘書として雇うことにする」

 と一方的に宣言した。

「ユージンの話を聞く限り、あたしはどうやら、ここで歓迎されるらしいから、秘書くらい自分で選んでも、許されるでしょ」

「秘書?」

 カトリーヌ・ソレルスは、宝石のような緑の目をしばたいて言う。

「わたしが、あなたの秘書に?」

「名称は何でもいいけど、違法組織の幹部なら、それなりの部下がいていいはず」

 試験船で最初にあたしを出迎えた時は、きりっとした大人の女性に見えたのに、半月あまりの航行のうち、カトリーヌ・ソレルスはどんどん元気がなくなって、今では半病人のようだった。誘拐に手を貸したことを後悔しているのか、ようやく辺境の恐ろしさがわかってきたのか、どちらにしても、保護者が必要だ。

「あなたがこれから辺境で出会う、どこの誰より、あたしの方がましだと思うけどな。違う? あたしと来れば、少なくとも、あたしが相談相手になるよ。あたしが〝連合〟に殺されることになったら、その時は仕方ないから、自分で何とかしてもらうしかないけど」

 カトリーヌ・ソレルスは、信じられない事象に出くわした顔で、よろりと座席から立つ。

「……わたし、あなたと一緒にいていいの?」

 それで、彼女がどれほど心細い思いをしていたか、苦しんでいたか、わかってしまった。したたかな悪女なら放っておけたのに、『つい心が弱って』悪の組織の誘いに負けてしまった人なら、仕方ない。

「うん、おいで」

 あたしが笑って手を差し出すと、赤毛の女性は再びためらい、泣きそうな顔になった。

「あなた、わたしを恨んでいるでしょう? お父さまから引き離されて、こんな辺境まで連れてこられて」

 別に恨みはないな、と自分でわかった。だって、それほどの相手じゃないもの。言ってしまえば、敵に利用された道具にすぎない。

 あたしが怒る相手がいるとしたら、最高幹部会だろう。ユージンですら、彼らの駒にすぎないのだ。

「あなたがユージンの誘いに乗らなければ、他の誰かが手先にされていただけだよ。あなたのことは、別に怒っても恨んでもいないから、あたしと来た方がいい。あたしにできる範囲で、だけど、守ってあげるから」

 すると赤毛の美女は、いったん顔をそむけた。しばらく息を乱し、肩を震わせてから、ようやく振り向き、にじんだ涙をぬぐって言う。

「そんなこと、期待していい立場じゃないのは、わかっているけど……でも、ありがとう」

 よし、ようやく前向きになった。無理にでも微笑んでいれば、内実がついてくる。

「どういたしまして」

 まあ、戦いに慣れていない一般人は、こんなものだろう。そうすると、この人の妹のアンヌ・マリーというのは、珍しい豪傑だったのかな。今は、どこでどうしているのだろう。

「それなら、喜んで、秘書役を務めさせてもらいます」

「じゃあ、あたしのことはジュンて呼んで」

「わたしは、カティと」

 改めて双方から手を差し出し、握手した。うん、これはきっといい判断だぞ。

 そうしてカティさんを連れ、エレベーター前で待っていたユージンの元へ戻ると、彼はわかっていたような態度で、階上を指した。

「メリュジーヌに会ったら、自分で言いたまえ。最初の部下を決めたとな」

   『レディランサー アグライア編』6章-9に続く

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