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恋愛SF『レディランサー アグライア編』18章
18章 ジュン
つらつら考えてみる。もし、エディをあたしの部屋に一晩、引き留めたら、どんなものか。
あたしが望めば、エディは嫌とは言わないだろう。親父に保護を頼まれたとか何とか、最初は遠慮して辞退するかもしれないけれど、あたしはもう、親父の監督下にいる子供ではないのだから。
一度、こちらからまともなキスをしてしまえば、向こうだって男なのだから、それなりの反応をするはずだ。どれほど不慣れで、ぎこちないとしても。それもまた、エディらしくて愛おしい。
(ティエンに誘拐された時は、あたしの方から、エディを〝慰めた〟んだものね……)
そう、辺境では男だって、そういう被害に遭う。女なら、その危険ははるかに大きい。
(シドの時は、何とか無事に逃れられたけど……次はどうなるか)
もし、いつか、間違って、どこかの誰かに強姦されるようなことになったとしたら……想像したくもないけれど……そういう悲惨な体験をする前に、望ましい男性と、そういう関係になっておく方がいいのではないか、と思うようになった。
メリュジーヌがあたしに、たくさん恋をしろと言ったのも、今のうちに、その方面の耐性をつけておく方がいい、という忠告だったのかもしれないだろう。
あたしと同じ年頃の娘たちは、そろそろ、そういう関係に踏み込む頃合いだ。早い人は、大学生のうちに、結婚相手を見つけることもある。あたしだって、恋人を作ることを考えてもいいだろう。総督としての仕事は、ちゃんとこなしているのだ。私生活があって、悪いはずがない。
すると、一番先に候補に挙がるのは、エディというわけ。周囲もみんな、エディをあたしの恋人だと思っているくらいだ。それもまた、エディを便利な弾避けにしてしまった結果。
もちろん、エディに不満なんか、ない。
優しくてハンサムで、聡明で勇敢だ。市民社会を捨てて、辺境にいるあたしの元に来てくれた。今はあたしの片腕として、都市内のあらゆる事象に目を光らせてくれている。どれだけ感謝しても足りないくらい、感謝している。
エディが他の誰よりあたしを大事に思ってくれることも、よくわかっている。エディが敬愛していたクレール艦長は、もういないのだから。
ただ……
そんな風にエディを利用するのは、卑怯ではないのか。
あたしがエディに惚れきっていて、欲しくて欲しくてたまらなくて、それで口説きにかかるなら、その結果がどうなっても許されるだろう。でも、そこまでの激情があるかというと……エディに対する気持ちは、もっと穏やかな友愛だと思うのだ。
相棒で、親友。
いつでも背中を任せられる、同志。
この世に生きていてくれるだけで、あたしは嬉しい。
それで充分だよ、とエディは言うかもしれないけれど。
あたしが色っぽい場面を空想してみて、密かにぞくぞくするのは、違う男なのだ。それならば、駄目元でぶつかってみても、いいのではないか。
いや、明らかに駄目とわかっているから、これまで誰にも言わず、一人で抱えてきた気持ちなのだけれど。
改まって告白なんかしたら、笑われるか、呆れられるか、叱られるか……とにかく、迷惑そうな顔で突き放されるだろう。あいつの言いそうな台詞までわかる。
『俺は親父さんに恩義があるから、頼まれて、数年のつもりで来てやっただけだ。こんな所に、骨を埋めるつもりはないね』
だったら何も言わず、仲間として過ごす方がまだましだ。わざわざ、惨めな思いをしなくて済む。
ただ、数年の猶予期間が過ぎて、そのまま永遠に別れることになってしまったら、後からずうっと後悔するかもしれない。もしもあの時、捨て身でぶつかっていれば、と。
『レディランサー アグライア編』19章に続く