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恋愛SF『レディランサー アグライア編』11章

11章 ダグラス

「……みんな、行ってしまったよ。何だか、すっかり気が抜けてしまってねえ。急に、二十歳くらい老け込んだような気がする」

 わたしは通話画面の相手に向かって、愚痴をこぼしていた。長年、家族同様に暮らしてきた《エオス》のクルーたちが、四人まとめて辺境へ去ってしまったのだ。他ならぬジュンのためなのだから、父親としては、感謝しかないのだが。

 それでも、自分の時代が去った、という寂寥感がある。わたしはもう用済みの老人で、時代の主役はジュンやエディたち若者なのだ。

「まさか、こんなことになるとはなあ……」

 辺境を支配する違法組織の〝連合〟が、ジュンを見込んで、小惑星都市の改革を任せるとは。確かに優秀な娘だが、まだ十八歳にもにならないものを。

「娘が自分を超えたのだから、それを誇りにしたらどう?」

 ドナ・カイテルは相変わらず冷ややかで、毅然としている。それが、彼女のいいところだ。人里離れた隔離施設に入れられていても、勉強したり運動したりして、日々を有効に使っている。本格的な研究はできないにしても、最新の知識を集めたり、アイディアを温めたりするくらいはできるという。いずれ刑期を終えたら、再び自分で事業を始めるつもりらしい。

「もちろん、ジュンはわたしには過ぎた娘だが……まだもう何年かは、手元にいてくれるものと思っていた」

「娘が父親離れするのは、当然でしょ。これまで、べったりしすぎだったのよ。ダグ、あなたもいい加減、子離れなさい」

 その通りだ。しかし、ジュンばかりでなく、ジェイクもルークもエイジもエディも、みんないなくなってしまって。

 親友のバシムだけは共に残ってくれているが、彼には、故郷に妻も息子たちもいる。家族と離れている時間が長くとも、孤独ではない。わたしにはもう、ドナしか愚痴れる相手がいないのだ。

「仕事も取り上げられてしまって、することがなくてねえ」

 と苦笑した。安全対策だと言われ、わたしとバシムはまだ、軍基地に軟禁されたままだ。仕事の再開が許されるのは、いつになることか。懸賞金リストから外されたわたしになど、もう、暗殺者も寄ってこないだろうに。

「どうせ軟禁されているのだったら、どこかの島にでも行かせてもらったらどう?」

 ドナの言葉に、わたしは目が覚める気がした。

「島とは?」

「他に人のいない離れ小島なら、司法局も警備しやすいでしょう。南の海で釣りでもダイビングでもして、気晴らしすればいいんじゃないの。そのうちまた、気力が戻ってくるわよ。娘が巣立ってしまった、空の巣症候群なんだから」

 さすが、ドナは、わたしと違う視点を持っている。わたしを誘拐し、記憶を操作した罪で逮捕されたが(ジュンが彼女を捕え、軍経由で司法局に引き渡したのだ!!)、長い刑期を宣告されても、くじけてはいない。実にたくましい。

「一週間ごとに、場所を変えてもらってもいいんじゃなくて?」

「そうだな。安全なら、軍基地である必要はないだろう。交渉してみよう。バシムなら、山とか高原とか、希望があるかもしれないし」

「その調子よ。大威張りで要求していいわ。あなたは、全女性の憧れの英雄なんですからね」

「いやいや、とんでもない」

 わたしに強さがあるとしたら、それは、妻や娘の存在があったからだ。彼女たちに尊敬される男でありたいと、ずっと願ってきた。

「少なくとも、わたしは好きだわ……謙虚なあなたがね」

 ドナににやりとされて、こちらもつい、頬がゆるんだ。わたしはドナと話すと、いつも何か励まされる。新鮮な刺激を受ける。

 ドナに、わたし本来の記憶を封じられていた間、辺境で何か月も彼女と暮らしていたのだ。その時は、自分たちは夫婦なのだと信じていた。今もまだ、その時の肌感覚が残っている。もしかしたら、彼女と結婚するという人生も有り得たのだ。同じ大学にいたのだから。もちろん当時はまだ、ドナのことを、高慢な秀才としか思っていなかったが。

 もし、こんな純粋さのある女性と知っていたら……辺境航路でマリカに出会うこともなく、違う人生を送っていたのではないか。今のわたしは、マリカとジュンのおかげで形作られているのだし、それを後悔したこともないが。

「あの子はマリカの娘だから、普通の人生では納まらなくて、当然なんだろうな。バシムにも言われたよ。くよくよ心配せず、応援だけしてやれと」

 そういう内輪の話も、ドナは聞いてくれるし、冷淡な顔ながら、わたしの背中を押してくれる。

「辛気くさいわね。そんな年寄りみたいな言い方、しないでちょうだい。あなたもわたしも、まだ若いのよ」

 そうだ。人生の残り時間は十分ある。わたしもドナも、まだ五十歳前。辺境の基準で言えば、青二才のようなもの。

「あなたはこれから、若い女の子と付き合うことだってできるんだし」

 それには、苦笑するしかない。

「いやいや、それはやめておくよ。ジュンと重なってしまって、保護者の気分になってしまう。それより、きみの方がいい。きみが出てきたら、温泉にでも行こうか」

「ほら、辛気くさい。わたしは賑やかな場所で遊びたいわ」

「それじゃあ、近くに温泉のある都市でどうだ?」

「いいわ、観光ガイドで探しておいてちょうだい。滞在は、一流ホテルでないといやよ」

「わかっている。きみは何であっても、最高水準を目指す人だ」

 ドナの顔にからかう笑みが浮いたので、慌てて手を振った。

「いや、わたしが最高の男かどうかは別で……」

「そうね、それはわたしが決めることだわ」

 と勝ち誇った微笑み。

「いや、参ったな。きみに合格点を出してもらうのは難しい」

「あなたも、わたしを採点して構わないのよ」

「とんでもない……きみには勝てない」

「そうやって、女をいい気にさせるのね?」

 こういう他愛ない話をするのが、わたしの救いだった。ジュンは遠い戦場にいる。わたしにはもう、何もしてやれない。だが、それでも心配することは止められない。親というのは、一生、親だ。

 それは、わたしの両親も同じなのだろうが。

 マリカが死んだ時、それまで絶縁していた両親が、はるばる会いにきた。そして、ジュンを引き取りたいと言った。これまで可愛がってやれなかった分、これから償いたいと。

 だが、自分の悲しみで手一杯だったわたしは、それを手ひどく撥ねつけた。孫娘と会うことすら認めず、二人を追い返した。

 いま思うと、間違っていたかもしれない。ジュンを祖父母に預け、穏やかに暮らさせるという道もあっただろう。両親と弟妹がマリカとの結婚に反対したのは、わたしの幸福を願ってのことだ。だが、わたしは親の心配を振り捨てた。若かったのだ。

 今ならもしかして、和解できるだろうか。

 ジュンが巣立った空虚のおかげで、ようやく、両親の痛みも想像できるようになった。手紙を書いてみるくらいは、いいかもしれない。うまくいけば、それが面会に通じるかもしれないし。

 ドナならおそらく、何でもやってみろと言うだろう。

 彼女がいずれ刑期を終えて、自由の身になったら、そうしたら……残る人生、ずっと一緒に暮らそうと言ったら、彼女は何と答えるだろう?

   『レディランサー アグライア編』12章に続く

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