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恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-1

14章-1 エディ

 出迎えの護衛艦隊に囲まれた小艦隊は、とうとう違法都市《アグライア》に着いた。ジュンが気を遣って、迎えを寄越してくれたのだ。無法の辺境であっても、大組織である《キュクロプス》の紋章が付いた艦隊ならば、攻撃を受ける心配は全くない。

「まったく、寄らば大樹だよな」

 と先輩たちは苦笑しているが、その快適さには、いったん大組織に取り込まれたら、二度と抜けられないという不安が張り付いている。それでもなお、ジュンと共に生きるためなら、ぼくとしては、どんな犠牲でも払うつもりでいるのだが。

 差し向けられた武装トレーラーでセンタービルに向かいながら、ぼくはそわそわして、何度も洗面所に立ち、鏡を見てしまう。

 こんな、着古したジャケット姿でよかっただろうか。元からの職員たちの手前、ぱりっとしたスーツの方がよかっただろうか。それとも違法都市の流儀は、もっと自由なのだろうか。

 他の誰にどう思われてもいいが、ジュンには、ぼくを見て安堵してほしい。そして、目一杯頼ってほしい。ジュンと知り合ってから、こんなに長く離れていたことはないのだ!!

 1G市街のビル群は緑に囲まれて美しく、人も車も賑やかに行き交っていた。この《アグライア》程度の中規模都市なら、こちらも隅まで目が届きやすいかもしれない。過去に事件で違法都市に上陸したことはあるが、長期滞在のつもりで訪問するのは初めてだ。

 ……というより、残りの人生、ここで過ごすことになるのかも。もし、ジュンの総督としての地位が安定するようなら。

「ようこそ、皆さん」

 繁華街にそびえるセンタービルでは、事務部門の代表者のギデオンという男が出迎えてくれた。感情を見せない、のっぺりした黒髪のハンサムだ。どこかハキムを連想させるものがあって、ぼくは内心、不快感を抱いてしまう。

 ぼくを餌食にした同性愛者の男は、乱戦の中でネピアさんに撃たれ、既にこの世にはいないが……

 とにかく、先入観を持つのはやめよう。こちらが嫌悪を隠していると、それが向こうにも伝わってしまい、うまくいくものもこじれてしまう。ぼくらはここで、職員たちを使いこなさなければならないのだ。

「総督閣下は視察に出ておいでですが、昼には戻られる予定です」

 ということで、それまでセンタービルの中を案内してもらった。総合司令室、総督執務室、それに付属する事務局、機械管理室、警備部隊の詰め所。ホテル区画やパーティ会場、職員用の宿泊施設などもあり、一つの町くらいの機能が詰まっている。行き来する職員たちも、違法都市らしく、油断のない顔つきだ。

 ジュンはこれまで一人で、どんなに心細かったろう。ここにいて出迎えてくれなかったのは少し残念だが、前からの予定をぼくらのために変更することはできなかったのだろうから、仕方ない。

 ぼくらの部屋もジュンの私室の近くにそれぞれ用意されていたので、そこに荷物を入れたり、待機しているアンドロイド侍女や兵士に何か命令して、反応を確認したりした。

 もちろん、違法組織の警備システムを完全に信用できるとは思えないので、当面、ぼくらが連れてきた中央製のアンドロイド兵を護衛に使うつもりだった。気休めに過ぎないが、自分でも、銃やナイフ程度は身に付けておく。こんなものを使う場面は、まずないと思うのだが。

 昼時になると、護衛車両に囲まれたジュンの車が戻ってきた。さすが、総督の身辺警護は厳重だ。ぼくたちはVIP用の駐車場で待ち構えていて、ジュンを出迎える。

「お帰り、お疲れさま。これからは、みんなできみを助けるからね」

「わあっ、エディ、みんな!!」

 甘いサーモンピンクのドレススーツを着て、耳に金と真珠のイヤリングを光らせたジュンは、見違えるほど美しくなっていた。ただでさえ、少女から大人へ変貌していく時期である。それが、プロの手で磨き上げられているのだから、なおのこと。

(作業服姿でも可愛かったけど、もう、まぶしいくらいだな……)

 それでも、元のジュンと変わらない証拠に、すぐさまぼくに飛びついてくれた。ぼくの胸に顔を埋め、すりすりしてくれる。

 ああ、このしなやかな弾力、果物のような甘い匂い。短い髪が、ぼくの顎をくすぐる感触。男でよかった。好きな女性を抱く側で。これがどれほどの歓喜か、きっとジュンにはわからない。

 先輩たちも交互に、ジュンの頭をぐりぐりやったり、肩を叩いたりする。ルークとエイジは、ちょっと遊びに来ただけのような、気軽な態度だった。

「まさか、こんなことで違法都市暮らしをするとはな」

「まあ、珍しい体験ではある。生きて戻れたらの話だが」

「違法都市にも美女はいるしな」

 二人とも内実は豪傑だから、どんな不安があっても、表面は陽気なものだ。ジェイクだけははぶすっとして、

「この、怖いもの知らずめ」

 と言ったきりだが。まあ、照れ隠しだろう。これまで三人とも、ジュンを妹同然に守ってきたのだ。

 そのジュン本人は、ぼくの両手を握ってぐるぐる踊り回った。

「よかった。嬉しい、来てくれてありがとう!!」

 そして、喜びながらも心配する。

「ごめんね、あんたたちをこんなことに巻き込んで。エディの家族には、あたし本当に申し訳なくて」

 ジュンからぼくの母や姉へ、そしてぼくを勘当した父の元へ挨拶が行っていたことは、後日わかったことである。父にはまず手紙を送って、ぼくのことを弁護し、それから何度も通話していたというから、ずいぶん気を遣わせてしまった。ぼく自身は、軍を辞めて父を失望させたことなど、露ほども気にしていないというのに。

「とんでもない。来たくて来たんだよ。何でもするから、どんどん使ってくれていいよ」

「うん、そのつもり。目一杯働いてもらうから、よろしくねっ!!」

 秘書のメリッサ嬢(上品だが、やや寂しげな面差しの、黒髪を結い上げた美人)と、相談役のユージン(暗色のサングラスをかけた、やや貧相な痩せ型の、褐色の髪の男)にも紹介された。

「都市内のことは、何でもメリッサに聞けばいいよ。ユージンは、あたしの教育係としてメリュジーヌに派遣されてきたの。あたしが一人前になったら、自分の組織に帰るってさ」

「それまで、何年かかるかは知らんがな」

 愛想のない男だが、ジュンはなついているようだ。一応は、あてにしてもいいのだろうか。状況次第で、ぼくらの処刑人に早変わりする可能性もあると思うのだが。


   『レディランサー アグライア編』14章-2に続く

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