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恋愛SF『レディランサー アグライア編』6章-3

6章-3 ジュン

「悪党の仲間になって、楽しくやれっていうの? それで、〝リリス〟を殺す策略を巡らすわけ? やだよ、そんなの!!」

 いつかどこかで、もし彼女たちに会えたら、サインをもらって、握手を交わして、と夢見ていたのだから。『よく頑張っているね』とでも、温かい言葉をかけてもらえたら、一生それを宝物にできる。

「いいや、〝リリス〟を殺す必要はないんだ……彼女たちはこれからも、市民社会の英雄でいてくれればいい」

 ん、何か妙なことを聞いた気が。

「ただ、辺境にも、〝リリス〟に匹敵するスターがいた方が面白いだろう」

「面白いって問題なの、それ?」

 最高幹部会が、恐怖の象徴であるグリフィンの他に、新たなスターを求めるのなら、それはわかる。でも、あたしをその役に据えるなんて、まさかまさか。

「バランスの問題だ。中央から、ある程度、辺境に人が流れた方がいい。今は、市民社会と辺境の断絶が大きすぎる」

「それは、わかるけど」

 人口では、市民社会の方が圧倒的に大きい。

 といっても、辺境の宇宙に何人暮らしているのか、本当のところは、誰にもわかっていないと思う。人類にとって、この銀河はあまりにも広い。最高幹部会だって、きちんと把握しているのは、大組織と、その系列組織の人員だけだろう。

 市民社会から辺境へ出ていく者は、毎年、何十万人もいるという。事故死を偽装する者もいるから、実際にはもっと多いかもしれない。それでも割合からすれば、ごく小さな数だ。

 不老処置を求めて、あるいは自由な研究がしたくて、無法の世界を目指す。でも、そこで生き残れる確率は、決して高くないと言われている。バイオロイドはたくさん培養されているとしても、長くは生きられない仕組みだし。

「辺境には、辺境の役割があるんだ。中央では認められない先鋭的な実験を、誰かがしなくてはならない」

「生物兵器とか、超空間兵器とか?」

「兵器とは限らないが。人間を進化させる実験は、あった方がいい。人類の進化が、ここで止まっていいはずがない。きみの母親のように、人間を超えた超人が誕生することもある」

 あたしはしばらく、返す言葉が浮かばなかった。

 早くに死んでしまった母の、最後の日々を思い返すと、今でもまだ苦しくなる。もっと何か、してあげられることはなかったのか。本当に、あんな死に方しかなかったのか。プラチナの髪に青い目の、輝くように美しかった人が、最後にはミイラのように枯れ縮んでしまって。

 その後悔は、長いことあたしの胸の底でうずいていた。母の姉妹編とも言える生物兵器のアイリスに出会ったことで、少し癒された部分はあるけれど。

 人間を超えたことを誇っているアイリスは、今も宇宙のどこかで仲間を増やし続けているはずだ。いずれは人類が、アイリス一族に呑み込まれる未来だってあるかもしれない。

 そういう今だからこそ、振り返って考えるようになった。もしかしたら、母の治療法を求めて、辺境に出るという選択肢もあったのかもしれない。あたしたち親子三人で。

 そうしたら今頃、あたしたちはどうなっていただろう? どこかの違法都市で、ひっそりと暮らしていた? それとも、自分たちで違法組織を立ち上げていた? 人を殺して、財産を奪って? そうしたら、あたしたちは、幸せを感じる心も失くしていたのではないか?

「……でも、ママは、普通の市民になりたがっていた……ママが欲しがったのは、普通の、平凡な生活だった。買い物に行って、近所付き合いをして、学校の行事にも参加して」

 そのために、自分を創った組織に逆らい、はるばる逃亡してきて、親父と出会った。そして、自分を普通人に近づける逆改造の手術を受け、愛する男性と結婚して家庭を作った。その無理な手術のために、短い人生を終えたのだ。自分は幸せだったと言い残して。

 本当に、そうだったのだろうか。あまりにも、短い幸福だった。

 でも、アイリスは言った。あたしが子供を作れば、ママの夢を受け継ぐことになると。

 それは、中央と辺境との融和。

 そんなこと、ほとんど不可能に思えるけれど。

 いや、もしかしたら……あたしはまさに今、そういう機会を差し出されているのだろうか? それとも、そんな風に思ったら、悪の帝国の思う壺なのか?

「それは、辺境に居場所がなかったからだろう。もし、無理な逆改造をせず、きみらが親子三人で穏やかに暮らせる場所が辺境にあったら、どうだった?」

 そう、ママは本当なら、何百年でも生きられたはず。市民社会がもっと寛容だったら、法律の制限がゆるかったら……辺境で治療を受けてから、市民社会に戻るという方策もあっただろう。

「でも、実際には、辺境に、まともな人間が安心して暮らせる場所なんかない……」

「そうだ。だから現状では、自信過剰の馬鹿か、平気で人を殺せる悪党しか、辺境に出てこない。だが、もしも誰かが、まともな市民を受け入れる場所を、辺境に創ったら? そして、その場所を聖域として、守り通したら?」

 ユージンは、何を言いたいのか。

「そんな都合のいい〝誰か〟なんて、どこにいるの……ありえないよ」

 超人的な闘士である〝リリス〟でさえ、小悪党を退治して回るのが精々で、辺境の支配体制は変えられないというのに。

 あたしなら……もしも、あたしに何らかの力があれば……それを試せるかもしれないけれど。

 あたしは天才科学者でもないし、戦闘用強化体でもない。資産家でもないし、政治的センスがあるわけでもない。どうやって、そんな力を……権力を得られるというのだ。

「最高幹部会は、少なくともメリュジーヌは、きみがその〝誰か〟だと考えている。きみを起用することが、新たな実験なんだ」


   『レディランサー アグライア編』6章-4に続く

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