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恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-6

14章-6 エディ

「物理的には、十分可能なんだよ。専用のツアー船を仕立てて、護衛艦隊を差し向けて、往復の安全の保証をすればいいんだから」

 市民社会からの観光客を迎えるという事業について、ジュンは既に、あれこれ検討してきたようだ。

「辺境に来ること自体は、現在の法律の範囲内でも、違法でも何でもない。連邦市民には、行動の自由があるんだから」

 異質な文明圏の存在を公式に認めていないものだから、そういう法律上の弱点が生まれるのだ。

「ツアーについてはいずれ、軍や司法局と交渉するつもり。その準備として、まず、人身売買や強制売春に関わる店は追放しておく」

 夢を語るのは簡単だ。総督命令なら、そういう店を営業停止にすることもできるだろう。

 しかし、辺境の〝人間人口〟の大半は男だ。男たちがバイオロイド美女を買える店を閉鎖してしまったら、都市の魅力がなくなり、人口が減ってしまうのではないか。

 代わりに人間の女性を集めるといっても、そもそも、辺境で暮らす本物の女性は数少ない。おまけに、それぞれの組織が、貴重品としてがっちり抱え込んでいる。女性たちが、そこから抜け出すのは大変だろう。

 《ヴィーナス・タウン》のような女性向け娯楽施設に、短期滞在で遊びに行くことはあっても、この《アグライア》に永住となると……組織を裏切って逃亡するしかない、ということになるのでは。

 こちらでよほど受け入れ態勢を整えておかないと、いや、それにしても、あちこちの組織から恨みを買うだろう。それが後で、どんな風に祟ってくるかわからない。複数の組織が共謀して、ジュンを陥れる罠を張るのではないか。

「ジュン、きみの気持ちはわかるけど、違法都市というのは、そのう、そういう部分があるから人を集めているわけで……いきなり全廃というのは……」

 おずおず言いかけたら、黒い瞳に厳しく見据えられた。

「エディは反対なの?」

 ジュンにこの目を向けられたら、ぼくは勝てない。

「いや、反対はしないけど、まだ時期が早いんじゃないかと……もう少しリサーチしてから……」

「十分したよ。した上で、やろうと思ったの。あたしがやらなかったら、誰もしないでしょ、そういう改革は。失敗したところで、今より悪くなるわけじゃない」

 ジュンの身が危なくなる、という一点を除けば。

「いいんじゃないか」

 さらりとそう言ったのは、末席にいたユージンである。夜でもサングラスをかけたまま、目許の表情を隠している。

「やってみて駄目なら、軌道修正すればいい。試験的な実施なら、別に構わないだろう。何でもありというのが、辺境の売りなんだから」

 彼は淡々とした事務的態度を通し、ぼくらと個人的な話をすることもしないが、ジュンに対しては、いい相談役になっているらしい。ジュンが彼に接する時の態度から、それがわかる。

 ジュンは勇気百倍という感じで、にっこりした。

「よし。じゃあ明日、布告を発表するよ」

 居並ぶぼくらに向かって、人差し指を振る。

「文面はもうできてるから、訂正したい部分があったら、今夜中に言って。ストリップ・バーとかポルノショップとか、そういう店は営業オーケイだから。ただ、生身の女性や子供を撮影に使った映像作品は、いずれ販売禁止にするつもり。それも、布告に入れておくから」

 そんな、年頃の乙女が、大きな声でそんな言葉を連発して。ああ、親父さんがここにいくなてよかった。

 ……いや、この改革のことはすぐさまニュースになって、全世界に広まってしまうだろう。親父さんの心配は尽きない。

「とにかく、強制売春をなくしたいの。最終的には辺境全体でのバイオロイドの人権向上が目的だけど、それにはまだ遠いとわかってるよ。とにかく、できることから一つずつやっていくつもり」

 まあ、それでこそジュンと、誇らしい気持ちになったのは確かだ。ジュンが簡単に辺境に染まるようなら、それこそ一大事なのだから。

   ***

 夕食の後、ぼくはいつものように、ジュンの部屋で過ごした。

 仕事を終えた時間に、こうして私室に入れてもらえるのは、女性であるメリッサを除けば、ぼくくらいのものだ。ジュンは華麗なスーツを脱いで気楽な部屋着姿になり、素足をさらしてソファに寝そべっている。

「そろそろ、空手の稽古も再開しなきゃ。ずっとさぼってたから、すっかり鈍ってる」

 軽い運動しかする余裕がなかった、とジュンは嘆く。

「無理しない方がいいよ。ろくに休みも取ってないんだから。いくら若くても、休息はしないと」

「でも、エディたちが来てくれたから、大幅に気楽になった」

 エディたち。

 常に先輩たちとワンセットの扱いなのは、いささか傷つくが、将来的には、ジェイクたち三人組は中央に帰るのだ。先輩たちがここでジュンの手助けをするのは、おそらく数年のこと。あとは結婚したり、正業に戻ったりしなければならない。

 その後も、一生、ジュンと共にいるのはぼく一人。

 だから、本当はもう少し個人的な話もしたいけれど……ジュンはとにかく、理想の実現に燃えている。それならばぼくも、仕事の上で助けになるしかない。

「ジュン、そのう、娼館廃止の件なんだけどね」

 何度もためらった挙句、ようやく口に出せた。

「きみの理想は立派だよ。正しいことだと思う。だけど、世の中には、できることとできないことがあると思うんだ」

 ぼくの意見で、ジュンが止まるとは思わない。しかし、困難の度合いだけは理解してもらわないと。


   『レディランサー アグライア編』14章-7に続く

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