見出し画像

恋愛SF『ブルー・ギャラクシー サマラ編』1章-1

 

1章-1 シレール

「わたしの昔の男? そんなこと、本当に知りたいの?」

 半分面倒がり、半分面白がる顔で尋ねられた時、ぼくは恥ずかしさに赤くなり、返答をためらった。

「え、いや、その……」

 迷った挙げ句、正直が一番と決心して言う。

「本当は、あまり知りたくない」

 サマラがどんな男と抱き合ったのか。どんな風に笑い合ったのかなんて。

「でも、全く知らずにいるのも、嫌なんだ」

 サマラがぼくを見ていない時、一人で何かを考えている時……ぼくは不安になる。そのうち、ぼくのことなんか飽きてしまって、ふいと出掛けてそれっきり、なんてことにならないか。

「つまり、その、それもまた、きみの人生の一部だから……ぼくとしては、未来を共有するだけでなく、できれば過去も少しは理解しておきたいと……」

 広いベッドに横たわった半裸の美女は、くすくす笑って枕に肘をついている。

「若いくせに、妙に深刻なのよね、あなたって」

 こういう関係になったというのに、まだ子供扱いされている気がする。

「そう若くもないよ。中央なら、立派な中年だ」

「でも、わたしたちは、永遠の若さのために、市民社会を捨てたのよ」

「地球を捨てたのは第一世代であって、ぼくたちじゃない」

「そう、わたしたちは、第一世代のおかげで、強化体として生まれることができたの。感謝しないとね」

 彼女は起き上がり、ベッドの端に座ったぼくの頭を抱き寄せた。美しい鎖骨と胸の谷間。

「そんな連中のことなんか、無理に知らなくていいのよ」

 もっと若かった頃のサマラを愛し、愛された男たち。

「どうせみんな、とっくの昔に死んでるんだから。共有する記憶なら、これからいくらでも作れるわ」

 ぼくの額にキスすると、彼女は切れのよい動作で床に降り立った。

「さあ、もう行かないと!」

 さっとシャワーを浴びてくると、クローゼットから服を選び、たちまち身じまいを整える。機能重視の短い栗色の髪に、金茶の瞳。すらりと伸びた肢体を、軍人のような戦闘服に包む。飾りは、宝石のイヤリングと金の指輪だけ。

「資源星系を巡回してくるから、しばらくかかるわ。他組織の艦隊がうろついている情報があるの。それがまだ、どこの組織のものかわからない。こちらが睨みを効かせていないとね」

 一族は幾つもの資源星系を確保しているが、それは常に武力で守らなければならないものだ。普段は無人艦隊に警備を任せてあるが、それだけでは、いざという時に臨機応変の対応ができない。

 時には人間が現場に行き、無人艦隊とは異なる動きをしてみせるべきなのだ。それを見れば、他組織の艦隊も対応を変える。

「サマラ、やっぱりぼくもいくよ。こっちの仕事は遠隔でも間に合うから……」

 ぼくはシャツを羽織りながら、ドアに向かう年上の恋人の後に続こうとする。振り向いた美女が、ぴしゃりと宣言した。

「シレール、あなたは、あなたの持ち場を守るのよ。お互い、できることで一族に貢献しないとね」

 正論を持ち出されると、抗議もできない。ぼくの顔を見て、栗毛の美女は軽く微笑んだ。

 どこか寂しい色、苦い気配の混じる微笑み。

 昔の男たちのことは、まだ忘れていないのではないか。何かあるごとに、胸の中に浮き上がるのではないか。あいつがいれば、頼りになったのに、と。

 しかし、今現在、ぼくがサマラの唯一の男であることも確かだ。これから先、共に長く生きることができれば、過去の男は全て、遠い思い出になるかもしれない。

「あなたの誕生日までには戻るわ。お利口さんにしてるのよ。ケーキを焼いて、蝋燭立ててあげますからね」

 ほら、そうやってぼくを〝年下〟扱いする。千年経てば、ぼくらの年齢差など、誤差の範囲になるはずなのに。

 サマラの指揮する戦闘艦隊は、目立たぬよう分散しながらも、違法都市《インダル》の港湾区域から離脱していった。都市の管制宙域を出てしまえば、何が起きてもおかしくない無法の世界だ。何十万という組織の艦隊が行き交い、互いに威嚇し、牽制する。

 留守番に残されたぼくは、心を侵食する不安を振り払うようにして、都市管理の仕事に取り組んだ。一族の若手として、年配者たちから様々な業務を譲り渡されている。

 小惑星工場の管理。

 気密桟橋の増設計画。

 緑地及び繁華街の巡回強化。

 管理システムが日々蓄えていく、膨大な情報の整理、分析。

 伸びてきている組織はどれか、分裂しそうな組織はどれか。その隙をついて、乗っ取ることはできそうか。

 それでもふと、どうしようもない不安がきざす。自分一人の時なら、何をしていても、自分一人の心配だけでよかったものを……

 サマラは無事か。

 無理などしていないか。

 もしも助けを求める通信が来たとしても、既に何百光年の彼方だ。駆けつけるには時間がかかる。

 できることなら、比較的安全な、一族の勢力圏内だけにいてほしかった。だが、責任感の強いサマラが、自ら進んで、危険を伴う外回りの仕事を引き受けているのも知っている。

 自分が彼女の全てを包めるほどの男でないことを、自分で歯痒く思い、それをまた、傲慢だと考え直したりした。彼女の方が、ずっと長く生きているのだ。恋も仕事も経験を積み、たくさんの傷を受け、それを風化させて一人立っている。

 自分はおそらく、あと何十年も経たなければ、本当には対等な伴侶になれないだろう……

   『ブルー・ギャラクシー サマラ編』1章-2に続く

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集