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恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-9

10章-9 ジュン

 ――おお、これがアンヌ・マリーか。

 屈強なアンドロイド兵の壁をかき分けるようにして、すらりとした女が、ずいと前へ出てきた。彼女を後ろに配置しておいたのは、メリッサの配慮だったらしい。

 カティさんと同じ顔立ち、同じ骨格なのに、アンヌ・マリーの印象はまるで違った。赤い髪はウェーブをつけた華やかなボブスタイルにして、襟ぐりの深い暗緑色の、タイトなドレススーツを着ている。ぱっくり割れたスリットからは長い脚がのぞいていて、これでもか、と曲線美を見せつけるいでたちだ。

 何より、態度と発声が堂々としている。カティさんが清楚な白水仙なら、こちらは深紅の薔薇という感じ。常に自分が主役、と思っている態度だ。ある意味、清々しい。辺境に相応しい女っぷりだ。

「ジュン・ヤザキ、この馬鹿女があなたに迷惑をかけたようだけど、迷惑を被っているのは、こちらも同じなの。わざわざこんな所まで呼び出されて、中央の報道番組でも、あれこれ詮索されて、鬱陶しいったらないわ。後はこちらで処分するから、引き渡してちょうだい」

 へええ、ふうん。処分したいんだ。

「何か、誤解があるようですけど」

 あたしはにこやかに言った。自分のことでなければ、いくらでも冷静な調停者になれるというものだ。

「あたしは別に、カティさんのことを怒ったりしていませんよ。むしろ、保護者のつもりです。カティさんに悪意がなかったことは、よく理解していますから。カティさんを利用した方が悪いんですよ」

 アレンは意外そうな顔をした。あたしをよほど、凶悪な小娘だと思っていたらしい。しかしアンヌ・マリーは、一段と警戒した様子だ。

「あなた方と会うことにしたのは、あたしからお願いするためです。アレン・ジェンセン、あなたから、生殖細胞をもらいたいんです。カティさんはそれで、あなたの子供を作ります。そして、あたしの元で子供を育てます。あたしの秘書の仕事をしながらね」

 これには二人とも、驚いたようだった。

「きみの元に残る!? そういう話になっていたのか!?」

「なんて意気地のない女なの。自分が誘拐した子供にすがって、保護してもらうなんて!!」

 悪かったね、子供で。子供なりに精一杯考えて、努力してるんだよ。なるだけ多くの人が、幸せになりますようにと。

 それが、世界平和の基本でしょ。

 まずは、身近な問題から処理すること。カティさん一人守れないで、他の大勢の市民やバイオロイドを守ろうなんて、無理に決まっているもの。

「で、問題は、あなたが素直に細胞をくれるかどうか、なんだけど。どうですか?」

 けれどアレンは、あたしの言葉など聞こえないようで、カティさんに問いかけている。

「本気なのか。辺境で子育てするなんて。どう考えたって、無理だろう」

 まあ、普通の違法組織だったらね。

「そもそもきみは、こんな場所で暮らせる人じゃない。きみの欲しいものは渡すから、中央へ帰るんだ。連邦政府に保護してもらうのが、一番いい。犯罪に荷担したといっても、情状酌量はしてもらえるはずだ」

 へえ、アレンはそういうつもりだったのか。それなら、平穏に解決できるのではないか。精子さえもらえれば、こちらはそれで充分だし。あたしに力のあるうちに、カティさんと子供を、中央に送り届けてやることだってできるだろう。

 アレンとは対照的に、アンヌ・マリーは棘だらけだった。

「ちゃっかりしてるじゃないの。ジュン・ヤザキに取り入るなんて。確かにあなたよりは、ずっとしっかりしてるわ。あなたの半分の年齢でもね」

 アンヌ・マリーの刺は、あたしの肌をも、ちくちくと刺した。あたしが親父の名声のために引き立てられた、無能な勘違い娘だと思っているのだろう。あたし自身を評価していたら、こういう態度にはならない。

 まあ、今の時点で評価してもらうのは、無理だと思うけど。あたしはまだ、この都市で何も成し遂げていないから。でも、この件は何とか解決したい。そうしたら、ユージンからもメリッサからも、一定の敬意を得られるのではないか。

「そもそも、アレンさんは、カティさんの恋人だったんでしょ。それをあなたが横取りしたと聞いてるけど、たいした腕前だね。どうやって誘惑したのか、後学のために、ぜひ聞いておきたいんだけど」

 あたしが微笑みながら尋ねると、アンヌ・マリーは緑の目であたしを睨んだ。このガキ、他人の問題に口を出すなという無言のビーム。あたしに大組織の後ろ盾がなかったら、恐怖を覚えていただろう。

「ジュン・ヤザキ、あなたも、たいしたやり手じゃない? 《エオス》のクルーが、こちらへ来るんですってね。その歳で、大の男を何人も従えていられるんだから、さすがだわ。どうやって操っているのか、知りたいものね」

 この態度、別の意味で評価できる。この人は、あたしが最高幹部会に抜擢されたからといって、あたしに媚びようとは思わないんだ。すぐさま賄賂を届けてきた他組織の幹部たちと比較したら、気持ちよいくらいの正直さ。

「アンヌ・マリー、あなたなら、カティさんをどうするつもり?」

「わたしたちの基地に連れて帰って、冷凍保存にするわ。これ以上、わたしたちに迷惑をかけられないように」

 うひゃあ。本気で言っているように聞こえる。可哀想に、カティさんが怯えるわけだ。

「それじゃあ、あなたたちには渡せないな。カティさんは、あたしの元にいてもらいますよ。あたしなら、秘書として正当に扱うもの。それに、もう友達になったし」

 二人とも、呆れたような顔をした。辺境に、友達なんてあり得ないと思うのか。だったら、あたしがこの都市をどう変革するか、見てもらいたいものだ。

「もちろん、カティさんが中央で子育てしたいと思うのなら、喜んで送り届けますよ」

 けれどそれは、本人が否定した。

「いいえ、市民社会に戻ったら、わたしは犯罪者よ。子供を、隔離施設なんかで育てたくはないわ。かといって、養育施設に預けたり、養子に出したりするのもいやよ。わたしがここで、自分の手で育てるの。だから、ジュンの秘書を続けるわ」

 カティさんは、中央で『母親が犯罪者』と言われるような育ち方をしたら、子供が傷ついて不幸になると思っている。それよりは、たとえ違法都市でも、自分の手で愛情込めて育てる方が、はるかにいいと。

 そこでようやく、メリッサが割って入った。

「とにかく、皆さん、お座りになって、お茶をどうぞ。結論を急がず、ゆっくり話し合われたらいかがですか? 総督閣下の時間は、今日一杯確保してありますから」

 そう言うのは、メリッサなりの駆け引きだ。あたしを持ち上げ、アレンたちに恩恵を施す形にすることで、あたしが交渉を有利に運べるようにと考えてくれている。本当は、カティさんのために使う時間に、制限なんかかけていないのだから。


   『レディランサー アグライア編』10章-10に続く

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