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恋愛SF『レディランサー アグライア編』15章-3

15章-3 ジェイク

 総督の一方的な布告は、違法都市《アグライア》の住人たちに衝撃を与えていた。

『強制売春は禁止。18歳以下の人身売買は原則として禁止。バイオロイドの虐待は禁止。判断基準は実例をもって示す。この布告に違反した者は、都市から追放する』

 都市のあらゆる場所にその布告が掲げられ、繰り返し宣伝されたが、最初はみんな、半信半疑で模様眺めをしていた。違法都市の常識に、真っ向から逆らう内容だったからだ。誘拐してきた人間を売る公開市場も、種々の制限を課されることになる。

「まさか、本気じゃないだろ」

「女の子だからな。理想主義なんだよ」

「そんなこと、実際には不可能だと、すぐわかるだろ」

 それでも、威嚇的な護衛部隊を引き連れたジュンが繁華街を見て歩き、のうのうと営業していた幾つかの娼館に乗り込んで、支配人や人間職員たちを逮捕し、手錠をかけた姿で大通りを連れ回すと、その噂はすぐ辺境中に広まった。

「おいおい、本気かよ」

「仕方ない。しばらく謹慎するか」

「くだらない。俺はここから出ていくぞ」

「うちはとりあえず、様子見する」

 ジュンが行く先では、いかがわしい店は客を追い出し、慌てて扉を閉めた。バイオロイドの子供に性的サービスをさせていた店では、責任者が表の道路に蹴り出され、ジュン本人が銃を片手に凄んでみせた。

「布告を知らなかったのか? それとも、知っていて無視したのか?」

 そこで平身低頭して謝ればよかったものを、二流組織の下級幹部である支配人は、ジュンが小娘だからと甘く見て、言い返した。

「あんたにそんな権限はない!! 辺境は自由な場所だ!! 他組織の商売に口を出すのはやめてもらおう!!」

 ジュンは黙って銃のトリガーを引き、その男の股間の布地をレーザーで焦がしてみせた。狙いは正確だったが、もちろん、服の下の皮膚や筋肉もただでは済まない。

 通行人が遠巻きの輪を作る中、急所に火傷した男は道路に転がって泣き叫んだが、オレンジ色のドレススーツ姿のジュンは、その頭を土足で踏みつけた。

「おまえが売り物にしていた子供たちは、もっと痛かったはずだ!!」

 人々が一斉に、シャッターチャンスと考えたのは無理もない。強気な美少女が銃を片手に男を踏みつける画像は、たちまち世間に溢れ出す。

「三時間以内に店を畳んで、この都市から出ていってもらう。三時間経って、まだうろついていたら、その時は、そこにぶら下がっている目障りなものを蒸発させる」

 脅しだと思いたいが、ジュンはおそらく本気で言ったのだろう。その男もそう感じたらしく、三十分後には男の従業員だけを引き連れて、街から逃げ出していた。バイオロイドの女や子供を後に残していったのは、ジュンから追撃されたくなかったからだろう。

 ジュンは置き去りにされた者たちを引き取り、ルークの管理する再教育部門に回した。今はまだ、都市の管理部門に余剰の人員を抱える余裕があるからいいのだが。

 俺たちもまた、その様子を一部始終撮影して、ネット上で公開した。むろん、ジュンの指示である。それが真実の映像であることを、ジュンの追っかけをしていた他組織の情報部門もまた、競うようにして世界に広めてくれた。

 市民社会でも、大勢の市民がこの一件を報道番組で見たはずだ。安全な小島に隔離され、バカンスを楽しんでいる親父さんとバシムも。

 それ以降、繁華街からは強制売春の店がなくなった。隠れて営業している店すらなかった。路上で客引きをしていた女たちや少年たちは消え、裏通りの街路は、ただ歩き過ぎるだけの場所に戻った。

 そういう点、辺境は変わり身が早い。

 残っているのは、煽情的なダンスやストリップを見せる店、女の子が隣に座ってくれるバーやクラブ、違法ポルノやその種の小道具を売っている店くらいだ。それも経営者や支配人たちが、

「こういう業務内容ですが、構わないでしょうね」

 とセンタービルに問い合わせをしてきた上でのこと。

 もちろん、ブティックや雑貨屋、武器店やレストランのような店は、普通に営業を続けている。

 ただし、培養工場直送のバイオロイドを売る店はなくなった。ジュン個人を恐れたというよりは、ジュンに好き放題やらせておく、最高幹部会の意図を察したのだろう。これは、辺境の最高権力者たちが認めている、社会的実験なのだと。

   ***

 俺としては内心、どんな反動が来るか恐ろしく、知り合った女たちに、こっそり尋ねて回った。大抵の男より聡明な彼女たちが、この状況をどう見ているか。

 ――これは予想していなかったが、《アグライア》に来てからというもの、俺たち《エオス》のメンバーは、市民社会でモテていた以上にモテまくっている。とにかく、出会う女性から、軒並みデートに誘われるのだ。組織内でも、組織外でも。

 辺境では、人間の女性はまだ数が少なく、その分、どこの組織でも大事にされているが、彼女たちにとってみれば、

「自分から辺境に出てきた男は、ほとんどがチンピラ」

 なのである。バイオロイド美女を奴隷にして当然と思っている男たちは、〝本物の人間の女〟から見ると、人間失格らしいのだ。

「その点、あなた方はまともだから」

「可愛い妹のために、辺境まで出てきたんですものね」

 ということで、断るのに苦労するほどの誘いが来る。最初は警戒もしたが、やがて、彼女たちは本当に、安心できる男と交際したいのだとわかってきた。

「不老不死が欲しくて辺境に出てきたけど、寄ってくるのはろくでもない男ばかり。まともなデートなんて、もう十年はしてないわ」

「いくら美貌を保てたところで、正しく賛美してくれる男がいないのはねえ……」

 と嘆く女たちが、《アグライア》内だけで何千人もいるのだ。そのうち、俺たちに接触してくるのは、ほんの何割かに過ぎないが。

「これはもう、ボランティアだよな」

「まあ、人助けだ」

 と覚悟して、ルークもエイジもそれぞれ、仕事に支障のない程度に彼女たちと付き合っている。エディだけは、

「総督の〝独占物〟なんでしょ」

 と見られているので、誘う女性も少ないようだが。


   『レディランサー アグライア編』15章-4に続く

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