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恋愛SF『レディランサー アグライア編』5章

5章 エディ

 馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。

 一千回繰り返しても足りないくらい、馬鹿だ。

 薬入りの食事なんかで眠らされて、ジュンを奪われて、気がついた時は軍艦の医療室とは。

 何のための護衛だ。この、役立たず。

 ジュンはもう、はるか彼方に連れ去られている。

 軍の追跡は、間に合わなかった。当たり前だ。向こうは試験船の航路も軍の配置も、全て計算した上でのこと。もっと中央寄りの場所で試験を受けさせるのだったと後悔しても、後の祭り。

「まさか、試験官が買収されているとは」

 と皆が嘆いているが、違法組織は、軍人でも科学者でも政治家でも財界人でも、役に立つ者なら、どんな手を使ってでも仲間に引き入れるではないか。ぼくが一緒にいたのだから、そこまで疑うべきだったのだ!!

「申し訳ありません。役立たずで」

 再会してから、ぼくは親父さんに幾度も頭を下げた。もちろん、親父さんはぼくのことも、《フレイア》で待機していたジェイクのことも、責めはしない。

「仕方ない。完璧に用心するなんてことは、誰にもできない。ジュンに人質としての価値がある限り、殺されはすまい」

 と静かに言う。

 単にジュンの命だけが狙いなら、既に殺されているかもしれない。だが、賞金額は、ジュンより親父さんの方がはるかに高額なのだ。

 おそらく犯人たちは、ジュンを生かしておいて親父さんをおびき寄せ、まとめてグリフィンに差し出すだろう……さもなければ、グリフィンあるいは最高幹部会がじかにジュンを確保してから、自ら親父さんを呼び寄せるだろう。

 親父さんは事件発生以来、ろくに眠っていないような顔だった。ジェイクも顔つきが変わっている。元から無精ひげの強面だが、更に目つきが厳しくなり、口数が少なくなって、冗談も言わなくなった。声をかけるのが怖いほどだ。ルークとエイジも、さすがに、言葉の選び方に困り果てている。

 おまけに《エオス》は、軍と司法局から出航差し止めをくらった。母港である《キュテーラ》の桟橋に、厳重に繋ぎ止められてしまったのだ。

 いったん出航させてしまったら、ジュンを追って辺境へ出ていくかもしれない、と疑われているのだろう。

 その心配は、正しい。

 居場所さえわかれば、どんなことをしてでも飛んでいくのに。

「ヤザキ船長、我々は、あなたまで違法組織に奪われるわけにはいきません。《エオス》の引き受けた輸送依頼は、他の船に代行してもらいますので、皆さんには一箇所にいてもらいます」

 と軍人たちに宣告され、クルーは全員、植民惑星《ルシタニア》の軍基地に軟禁されることになった。中央の懐深い位置だから、《ルシタニア》から逃亡して辺境へ出るのは、ほぼ不可能だろう。

 地上基地の片隅にある、使用されていない研修用の建物が一つ、ぼくらのために準備されたという。これはつまり、長期の待機生活を予測しているということだ。

「今回の誘拐事件が一段落するまで、そこにいていただきます」

 ということだが、半年経とうが一年経とうが、事件が円満解決なんか、するはずないだろう。

 親父さん自身は、辺境から呼び寄せられたら、出向くつもりだ。自分が捕まっても、ジュンが自由の身になるのならと。

 むろん、向こうは、父と娘を二人とも手に入れるだけのこと。軍も司法局もそれがわかっているから、親父さんを軟禁する策に出たのだ。

 せめて、ぼく一人でも動けたら。ジュンを助けることはできなくても、一緒に捕まることができたら。

 いや、それでは何の役にも立たないか。

 でも、どうすれば。

 もし、ジュンが公開処刑などということになったら。ぼくだって、生きてなんかいられない。

 アイリスにも、ジュンを守ると誓ったのに。

 そのアイリスに、何とか救いを求められないものかと思う。無限に同類を増やせる、特殊な実験体。今頃はきっと、辺境のあちこちに勢力を伸ばしているはずだ。しかし、相手が中小組織ならともかく、辺境全体を支配する大組織の連合体では。

 悶々と考えていると、バシムの大きな手で肩を叩かれた。

「思い詰めていたって、いい考えは浮かばない。お茶でも飲め」

 そして、蜂蜜入りのハーブティを勧められた。《ルシタニア》まで軍に護送される最中なので、ぼくらは軍艦の居住区にあるラウンジいにる。

 有り難く、温かいお茶を飲んでいたら、飲み終わる頃に言われた。

「おまえもダグもジェイクも、ろくに眠っていない顔だ。それを飲んだら、半日はぐっすり眠れる。ゆっくり休め。おまえたちが憔悴していたって、何の役にも立たないからな」

 そんな。またしても、薬入りの飲み物とは。

 急速な眠気に襲われ、よろめきながら、あてがわれた船室に入るのがやっとだった。靴を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだら、すぐさま意識が遠くなる。

 ぼくはそのまま、深い眠りに落ちた。もう二度と絶対、他人に勧められるものは飲み食いしないぞ、と心に誓いながら。


   『レディランサー アグライア編』6章に続く

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