恋愛SF『ミッドナイト・ブルー 茜編』1章
1章 シヴァ
俺は、それほど欲望の強い方ではない、と思う。
普段は、女を必要とせずに暮らしていられる。
身の周りの雑用は、無個性なアンドロイド兵で事足りるし、仕事上の相談は、相棒のショーティがいればいい。
ただ、それでも年に何回かは、女の肌が恋しくてたまらず、頭がおかしくなりそうな時がある。
失敗が続いた時、落ち込んだ時、寂しくなった時。
誰かを抱きたい。
誰かの腕に、抱いてもらいたい。
柔らかい胸の谷間に、頭を預けたい。
飢える自分に自分で苛立ち、ますます気持ちが荒む。仕事が手につかない。まともなことを考えられない。
仕方がないので、手近の違法都市に寄り、安いバイオロイドの娼婦を買うことになる。後で虚しくなるとは知っているが、それが一番、後腐れがなくていい。
〝本物の女〟はそういう行為を嫌悪し、軽蔑するが、それこそ身勝手だ。
男の感じる根源的な飢えや孤独を、女種族は、決して本当には理解するまい。女に生まれたというだけで、大威張りで男を振り回せるのだから。
本物の人間の女たちは、傲慢で冷酷だ。男が自分を欲しがっていると思えば、調子に乗って、途方もない要求を突きつけてくる。
――わたしだけを愛して。仕事よりも大事にして。呼んだらすぐに、どこからでも飛んできて。
そのくせ、心底では、男を馬鹿にしきっている。愚かなケダモノと蔑んでいる。男が少しでも気に入らないことをすると、あっさりクビを言い渡す。自分は、すぐに次の男を手に入れられると知っているからだ。
そんな女どもの前に這いつくばって、やらせてくれと頼むのか。
あほらしい。
金が買える女がいるなら、金で済ませる方が、はるかに賢いというものだ。
俺は小艦隊の指揮艦を、ある小惑星都市の外周桟橋につけた。標準よりやや小さい、二級都市だ。直径五百キロほどの小天体の内部に、約四十万の定住人口がある。
そのうち、本物の人間は一割程度。辺境の人口のおよそ九割が、人工遺伝子から培養された奴隷――バイオロイドだ。兵士、侍女、娼婦、店員、事務員、下級技術者。
そして、人間とバイオロイドの総数の十倍ほどのアンドロイドが、管理システムの末端として、警備や修理点検などの雑用をこなす。
俺は艦内のアンドロイド兵に、車の用意を命じた。こういう違法都市の繁華街には、ピンからキリまでの娼館がある。美少女、美少年、痩せたの、太ったの。
グラマーな若い女というのが一番多いが、ありとあらゆるバイオロイドが揃えられている。尖り耳に尻尾つきとか、紫色の皮膚で頭に角とか。人魚型や半人半馬型もあるが、俺はそういうゲテモノは好かない。ごく普通の女でいい。
しかし、俺がそういう気分の時、相棒のショーティは、哀れなケダモノを見るような顔をする。
「わたしは、船で留守番しているよ」
と部屋の隅で寝そべりながら、気のないふりで言うが、内心ではこちらのことを、
(発情期の猿……)
と思っているのだ。人工革の上着に手を通しながら、つい、ひがみ口調で言ってしまう。
「おまえ、俺を軽蔑してるだろ」
腹側は白。額と耳から、背中、尻尾にかけては暗灰色。
密生した硬めの毛皮に覆われたサイボーグ犬は(こいつの先祖は寒冷地のソリ犬、アラスカン・マラミュートだ。だから、新しいボディもその犬種を土台にした)、太い尻尾を揺らしながら言う。
「そんなことはない。わたしにも、〝ただの犬〟だった頃の記憶があるからね。発情期の牝犬の匂いには、他の全てを忘れたものだ。きみを責めるつもりはない。生物としての本能が命じるのだから」
しかし、こいつは〝ただの犬〟として老衰死に近づいてから、サイボーグ犬のボディに脳移植されて若返った。
他の誰でもない。この俺が苦労して、脳細胞の活性化や補助脳の埋め込み、声帯の改造など、あれこれの機能強化を施してやったのだ。
構造上、犬が人語をしゃべるのは難しいが、研究事例を参照し(辺境では、様々な実験データが売買されている)、何とか聞き取れる発声を実現した。
そういう試行錯誤の結果、途中からは、知能の向上したショーティ自身が、自分に新しい機能を付け加えていくようになった。
性本能を封印したのも、当人(当犬?)の意志。過去に、飼育場の牝犬の相手に呼ばれた経験で、十分だからだそうだ。〝動物の相手〟などに身を落とすのは、もはや耐えられないらしい。
現在のショーティは、悟りすました高僧のようなものだ。高みから人間社会を観察し、培養奴隷の娼婦しか相手にできない俺を、寛大に哀れんでいる。
仕方がないだろう。辺境星域に根を張る大小の違法組織は、ほとんど男の世界である。保守的な市民社会から脱出してきた男たちが、〝永遠の繁栄〟を求めて争うジャングル。
たまには、組織に君臨する〝本物の女〟もいるが、彼女たちは、なまじの男より有能で冷酷だ。大抵はバイオロイドの美少年や美青年を小姓として侍らせているから、人間の男など、たまの〝デザート〟に過ぎない。
怒らせたら殺されるとわかっていて、誰が勃つか!?
中央星域の市民社会に行けば、少しは優しい女がいるかもしれないが、『生まれながらの違法強化体』である俺が、のこのこ中央に入り込むことはできない。
もしも、市民社会に入れて欲しければ、哀れな亡命者として頭を下げ、前非を悔いるしかないのだ。
望んで辺境に生まれたわけではないのに、人里離れた再教育施設に隔離され、市民道徳を叩き込まれた上、施設を〝卒業〟する時にはパイプカットされる。そんな目に遭うとわかっていて、誰が亡命などするものか。
とすれば、違法都市で安い娼婦を買うしか、女に触れる機会はない。
かつての飼い犬、今は唯一の親友に軽蔑されたからといって、この頭は冷えはしない。男が金や権力を求めるのも、結局は、より多くの女を『モノにする』ためではないか。
***
気密桟橋に接続した船から車で降り、長い連絡トンネルを抜けて、市街に入った。護衛の小型トレーラー二台は、適当な距離を保ってついてくる。
街路樹が葉を落とす季節になっていた。多くの小惑星都市が、地球本星の北半球に合わせた気候設定を選んでいる。
人類はまだ、魂の尻尾を地球に残しているのだ。辺境で培養されるバイオロイドたちは、太陽系の座標すら知らないのに。
繁華街に並ぶ雑居ビルの一つで車を降り、中に入って適当な店を選んだ。一流の娼館では、どれだけぼられるか、知れたものではない。三流の店では、自分が惨めになる。だから、二流どころでちょうどいいのだ。
いつものように、黒いゴーグルで目許を隠していた。
どの建物に入ろうと、どの道を歩こうと、あらゆる方向から種々のセンサーでスキャンされるのだから、たいした用心とはいえないが、少なくとも、一族の誰かにばったり、という事態は避けたいのだ。
家出してから十年以上経つから、もはや、耳をつままれて連れ戻されることはないと思うが。
これまで、どの違法都市を訪れても、そんな遭遇は起きなかった。あの一族は、滅多に自分たちの領宙を出ないのだ。進取の気性に溢れていたのは昔のことで、今はすっかり貴族的になり、澄まし返っている。実際には、猥雑な繁華街からの上がりで暮らしているくせに。
ホテルのフロントのような受付には、黒服を着た、特徴の薄い男たちが並んでいた。汎用のバイオロイドだ。
「いらっしゃいませ。お一人さまですね。どのようなお好みでいらっしゃいますか」
俺の背後に控えた三体の護衛は、一目でわかる機械人形なので(屈強な男の姿だが、黒いゴーグルをかけた顔に表情はなく、何より、皮膚が灰色なのだ)、女を必要とするのは、当然、俺一人である。
俺は敵娼に細かい要求はしないが、一つだけ譲れない点があった。割高にはなるが、やむを得ない。
「使い古しの女はごめんだ。〝新品〟を見せろ」
女たちの健康管理は万全だと知っているが(伝染病などの深刻なトラブルが発生すると、都市の管理組織に店ごと抹消されるからだ)、それでも、この俺が、他の男たちが繰り返し汚した〝穴〟など使えるか。
どんな美女でも、他の男が嘗め回した肌だと思うだけで、げんなりする。
「かしこまりました」
曖昧な笑顔を浮かべた黒服は、すぐ近くの部屋へ俺を案内する。
「こちらの娘たちは、つい先週、工場から仕入れて研修を済ませたばかりの〝初物〟です。何人でも、お好きな女をお選び下さい」
俺は頷き、部屋に踏み込んだ。
「女は〝新品〟に限る。他の野郎の体液が染みついた後では、気色が悪いからな」
護衛たちは戸口に残った。白い壁と、古典的な板張りの床。大きな鏡を載せた、木製の化粧テーブル。床に置かれた花瓶に、こぼれるほど盛られた百合の花。
甘い香りが強いのは、女たちの香水も入り混じっているからだ。妙に生暖かいのは、女たちに薄着をさせておくためだろう。
厚地のカーテンがかかった窓が幾つかあるが、夕暮れの市街に見える景色は、ただの風景映像だ。こういう施設では、女たちの逃げ道になりそうな開口部は、あまり作らない。
脱走を図る女はまずいないが(逃げる先などない。野良バイオロイドがうろつくのは見場が悪いので、都市の警備部隊か清掃部隊が始末する)、飛び降りて死のうとする女はたまにいる。
いくら従順に作られていても、目の前で仲間の女が責め殺されれば、神経をやられるのは無理もない。
色とりどりのドレスを着た七、八人の女たちが、アンティーク風の布張りの椅子や、優美な曲線を持つ長椅子に散らばっていた。
艶やかな赤毛の巻き毛、ふわふわの金髪、滝のような黒髪、短いプラチナブロンド。ファッション誌を眺めたり、レース編みをしたり、互いにしゃべったりしていたものが、一斉に顔を上げて俺を注視する。そして、仕込まれた通りに微笑む。
どの女も人形のように整った顔立ちで、しかも、笑顔がひきつっていた。当たり前だ。運が悪ければ、最初の客に首を絞められる。
気の毒だが、まあ、バイオロイドの宿命だ。俺だって明日、どこかの組織に吹き飛ばされるかもしれない。
さて、どの女にするか。俺は自分が黒髪、黒い目なので、それとは反対の、明るい髪、明るい目をした女が好みだが……
視線を巡らせ、奥の椅子にいた女に目を留めた。そして、息をするのを忘れた。
ふっさりと切り揃えた前髪に、大きな金茶色の瞳。
白い顔を縁取り、肩にこぼれる長い茶色の髪。
紫の地に白い花の散った優雅な着物を着て、赤い帯を締めている。
まさか。
視野が暗くなるほどの恐怖と衝撃だった。心臓の鼓動が激しくなり、周囲に聞こえるのではないかと思う。
――落ち着け、違う。
あいつは、故郷の屋敷の奥深くで、幾重にも守られているはずだ。間違っても、こんな場所に売り飛ばされたりするものか。たとえ、一族がどう零落したとしても。
万一、売り飛ばされたとしても、行く先は、大手組織の幹部の私邸だろう。〝本物の人間の女〟には、のけぞるような高値が付くのだから。一流の娼館でさえ、売り物は高級バイオロイドにすぎない。
喉から飛び出しそうだった心臓が、何とか、元の位置に収まってきた。偶然の一致で、そっくりの顔になっただけだ、とわかってくる。俺を見ても、その女の表情はほとんど動かなかったからだ。ただ、俺の凝視に対して、わずかに困惑しただけである。
これがあいつなら、たちまち嫌悪にこわばり、顔を背けるはずだ。
俺には、その女を指名するつもりはなかった。安物のバイオロイドなどに、動揺させられてたまるか。
そちらに背中を向けて、他の女を物色するふりをした。しかし、首筋が緊張してしまう。他の女がみな、像を結ばない。その女のことだけ、ひりつくように意識してしまう。
その時、新手の客が来た。やはり黒いゴーグルをかけた、俺と同じくらい大柄な、金髪の若い男。
いや、遺伝子操作や不老処置が当たり前の辺境では、実年齢はわからない。遊び着に近い、くだけたスーツを着ているから、三流組織の構成員だろう。そいつは壁際に控えている黒服に向かい、慣れた様子で言う。
「茶色い髪がいいな。この間は黒髪だったから」
そして、俺の背後にいた着物の女に目をつけた。
「おお」
と満足そうな声を出し、俺の横を抜けて近づこうとする。俺は反射的に腕を伸ばして、女の顔の前に防壁を作ってしまった。女は、はっと息を呑む。
金髪の男はたたらを踏んだが、素早く俺と距離をとった。喧嘩を売られたと思ったか。通路に残した双方の護衛兵が、さっと銃を構えて対峙する。女たちは凍りつき、黒服は悲鳴のように叫んだ。
「撃ち合いはおやめ下さい!! 警備兵を呼びますよ!!」
こうなったら仕方ない。俺が買わなければ、他の男がこいつの上に乗るのだ。
「悪いが、俺が先に選んだ。他の女にしてくれ。料金は俺が持つ」
俺自身は銃など抜かず、なるべく穏やかに言ったつもりだが、まだ威嚇的だったかもしれない。俺は上背があるし、あまり平和的な人相ではないからだ。
金髪男は面食らったようだが、刺客や当たり屋の類ではないと理解したようだ。懐の銃を抜きかけた手を、脇に戻す。俺が横入りしてしまった形なので、にやりとして尋ねてきた。
「三人選んでいいか?」
割高の処女を、三人だと。ぶん殴ってやりたかったが、執着を見せた時点で、俺の負けである。
「承知した」
と答えると、
「じゃあ、そこの赤毛と黒髪。それから、そこの金髪だ」
と指名して、すぐに女たちの肩を抱き、部屋を出ていった。俺の気が変わる前に、と思ったのだろう。
護衛兵たちは銃をホルスターに戻し、俺は密かにほっとする。撃ち合いをしたところで、負けるとは思わないが(俺は最高水準の強化体だ)、この店から放り出されるのも、間違いないからだ。巻き添えで、女たちを死なせるのも困る。
紫の着物の女は、深いトパーズ色の瞳で、困ったように俺を見ていた。まだ俺が直接、声をかけていないからだ。
「来い」
と手を差し出して言うと、慌てて立ち上がる。このままずっと座っているわけにはいかないと、わかっているのだ。客に指名されなければ、ただの無駄飯食いにすぎない。
指名率の下がった古い女たちがどうなるか、この部屋にいる新品の女たちは、まだ知らないだろう。
だが、俺は知っている。安く転売され、生物兵器や化学兵器の効果を試すために使われるのだ。
知らないで済むなら、知らない方が幸せというものだ。最後の瞬間まで。
***
前払いで支払う段になって(しかも四人分!!)、黒服に確認された。
「しゃべれないタイプですが、構いませんか」
つい、暗澹としてしまう。そういう女を望む男がいるから、あえて声を潰されるのか。まさか、目を潰された女や、手足のない女など、別室に用意されていないだろうな。
「別に、構わない」
世の中には、歪んだ男も多いのだ。というより、辺境ではそれが多数派か。
違法都市自体、ご清潔な中央の市民から見れば、邪悪と狂気の巣窟らしいから。俺もまた、女を買うという時点で〝人間失格〟だろう。
とにかく、客室の一つに女を連れて入った。護衛兵の一体は通路に残り、あとの二体は室内の適当な位置に立つ。こいつらは上位システムの端末にすぎないので、何を見ようが聞こうが、考えることも悩むこともない。ただ異変があった時に、主人を守って戦うだけのこと。
俺は室内を見渡した。天蓋がついた古典的ベッド、アンティーク調の椅子とテーブル、怪しげな小道具が並んだ飾り棚。
厚いカーテンがかかった、見せかけの窓もある。それに平凡な浴室が付いただけの、つまらない部屋である。
メインの照明が、古びた燭台に立てた、何本かの蝋燭というのもお笑いだ。これで、雰囲気を出しているつもりか。
別に文句はない。くつろぎたくて来ているわけではないからだ。一晩分の料金は払ったが、用さえ済めば、さっさと出る。
テーブルには何種類かの飲み物とグラスが出ているが、口にするつもりはない。辺境で暮らす者なら、当然の用心だ。食事は船で済ませてきたし、喉が渇いたら、兵に持たせてある容器の水を飲む。
女はやはり、安物のバイオロイドだった。
「ここへ来い」
と言えば、おとなしくベッドの横に立つし、
「脱げ」
と言えば、おとなしく帯をほどきだす。
そう、この、着物というやつも悪かったのだ。おかげで、錯覚が強くなった。あいつもよく、一族の女たちに、花模様の着物を着せられていたからな。
長い髪を複雑に結い上げ、豪華な帯を結んださまは、生きた人形のようだった。ごつごつして、汗臭く、不器用な自分とは、別世界の生き物。何をしても、魔法のように優雅で、花が咲いたようにあたりが明るい。
ガキだった俺は、遠くから呆然と見るだけだった。たまに優しく声などかけられた時は、うろたえてしまい、ぶっきらぼうな返答をするのがやっとだった。
それが恋だとわかるのに、何年もかかったものだ。
わかったからといって、何もいいことはなかったが……
女は花模様の着物を脱ぎ、緋色の長襦袢を肩から落とす。脱いだものを椅子の背にかけると、スリップドレスのような、膝までの下着姿で振り向いた。
半透明の布を押し上げている二つのふくらみは、満月のように丸くて豊かだ。薄赤い乳首が、透けて見える。
あれを、この手で味わいたい。白くなだらかな肩に、噛みついてもみたい。いや、痕が残るほど強くはしないつもりだが。
女はそのまま、もじもじと立ち尽くしている。それがまた、俺の攻撃欲を刺激した。闇に揺らめく蝋燭の明かりは、確かに、女を数段、魅惑的に見せる。
「そこへ上がれ」
と命じた。女は素足に履いていたサンダルを脱いで、広いベッドの上に乗り、こちらを向いて、きちんと正座する。そのさまがまた、あいつを思わせた。今だけ本当に、あいつだと思ったらどうだろう。
しかし、あいつはもっと小柄で華奢だった。胸にはわずかなふくらみしかなく、白い手足も、俺が少し力を入れれば、折れてしまいそうな細さだった。
わずか十三歳の少女だったのだから、細くて当然だが。
あれ以後、少しは豊かに育ったかもしれないが、成人した彼女を間近で見ることなく、俺は故郷を捨てた。だから、俺の記憶の中では、いつまでも少女のままだ。おかげで、俺の罪悪感も凍りついたまま。
泣いて嫌がる少女を、押さえつけて強姦した。
いま思えば、ひどく不当で残酷なことだ。
しかし、決して悪意からではなかった。俺は彼女が好きだった。向こうの気持ちは不明だったが、無理にでも『そういう関係』に持っていけば、彼女もあきらめて、俺に付き従うようになると思った。
十五歳の俺は、その程度の認識しか持っていなかったのだ。
女というものは、男に征服されるのを待っているものだと。最初に抵抗してみせるのは、奥床しさを示す儀式のようなものだと。
言い訳になるが、育った環境が悪かったのだ。屋敷の敷地を一歩出れば、そこは、あらゆる悪徳の渦巻く違法都市だった。いくら屋敷内の監督者たちが俺の目を塞ごうとしても、俺は外界から学んでしまった。
力のある者は、欲しいものを何でも手に入れられるのだと。
だから、俺が強く出ればいい。多少の抵抗になど、くじけずに。
その結果、どうなったか。
俺は彼女に呪われ、嫌悪された。永遠に、汚いものを見るような、冷たい軽蔑の目でしか見られない立場に落ちた。
土下座して詫びても、無駄だった。澄んだトパーズ色の瞳は、何の哀れみも浮かべていなかった。
――本当に悪いと思っているなら、死んでみせて。
俺は石段の下に土下座したまま、凍りついた。屋敷の中庭に、無数の薔薇が咲き誇る季節だったが、氷の剣で処刑されたような気がした。
――それができないなら、二度と、わたしの前に現れないで。
彼女は白いドレスの裾を翻し、テラスの上から、奥の室内に消えていった。
はかなげに見えた少女の、純粋だからこそ、容赦のない拒絶。
だから、俺は逃げ出したのだ。実務の勉強のためという名目で預けられた姉妹都市から、数年後、一族の船を盗んで逃亡した。
たとえ何百年経っても、あいつは俺を許さないだろう。
俺はもう二度と、まともな女とは付き合えない。
俺のしたことを知ったら、まともな女は、決して俺を受け入れてはくれないだろう。
「ミッドナイト・ブルー 茜編2」へ続く