恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-4
14章-4 エディ
「あたしが総督として広く認められるようになれば、それだけ、エディの身も安全になる」
とジュンは言う。ぼくの体内の特殊細胞が暴走するようなことになっても、ここなら対処のしようがあるということだ。メリュジーヌはおそらく、複数の研究機関を配下に置いているだろう。
「あたし、本気でやるよ。あんたも、ここまで来てくれたのなら、腰を据えてかかってくれるよね?」
それもあって、ジュンはぼくを騎士だと公言したのだろう。アイリスの万能細胞を植えられたぼくは、どのみち、市民社会では安心して過ごせなかったのだ。その事実が発覚しただけで、逮捕・隔離・実験材料のフルコースが待っている。ことによったら、冷凍保存という運命もあるかもしれない。
「大丈夫、そのつもりだよ。きみがいる所が、ぼくの生きる場所だから」
するとジュンは、嬉しいのか悲しいのかわからないような、微妙な笑顔になった。
「あたしのせいで、エディの人生を狂わせたね」
いや。それに関しては、ぼくは迷いなく断言できる。
「きみに会った時から、ぼくの人生の本番が始まったんだよ。ぼくは一生……きみの騎士だからね」
本当はこの後、感動したジュンが、ぼくの腕に飛び込んできてくれたら最高だったのだが……ジュンは苦笑して、平静なままぼくに言った。
「ありがとう。頼りにしてる。それじゃ、また明日ね。おやすみ。あたしとメリッサは七時に朝食だけど、エディたちは寝坊してくれて構わないから」
誰が、寝坊などするものか。ティエンがどんなに悔しがっても届かないくらい、完璧な騎士になってみせるのだから。
***
翌日から、みんなで一室に集まって朝食を摂り、その席で一日の仕事の割り振りをしたり、あれこれ相談したりするようになった。
「俺がこっちの工場見てくるから、おまえはそっちな」
「護衛兵はちゃんと連れてけよ」
「この会合は、俺とジュンで行こう」
「ジュンさま、向こうとの時間調整できました」
「エディ、晩ごはんは一緒に食べようね!!」
朝食後にはそれぞれの方角へ散り、会議に出たり、視察をしたりして過ごす。夕食時にはまた集まって、互いに報告したり相談したり。
最初は慣れないことも多く、無駄にうろうろしたが、一週間もすると、大体の様子が掴めてきた。違法都市といっても、人間の暮らしは市民社会と大差ない。ただ、バイオロイドという奴隷階級がいることが、喉に刺さった骨のように痛むだけで。
身の安全に関する不安は、ほとんどないということもわかった。ぼくらが最高幹部会の威光に守られている限り、辺境においては、大多数の者が道を譲るのだ。
危険があるとしたら、悪党狩りのハンター〝リリス〟が、ジュンを獲物と定めた時くらいだろう。しかしそんなことは、まず有り得ない。軍も司法局も、半信半疑ながら、ジュンの改革を見守っているところなのだ。そもそも〝リリス〟が後押ししてくれたことで、ぼくらは辺境に出てこられたのだから。
先輩たちもそれぞれ担当部署が決まり、現場を歩いて実務を知り、元からの職員たちを掌握しようとしている。ルークは技術部門、エイジは警備部門、ジェイクは対外関係。
ぼくは大体ジュンに付いて回って、秘書兼護衛役を務めていたが、必要に応じてあちらを手伝い、こちらを手伝いしているので、広く浅く全体に目配りしている感じだ。メリッサ嬢に次ぐ、第二秘書という位置だろうか。
もちろん、いずれそのうち、第一秘書に昇格してやるつもりだ。何といっても、〝女王陛下の騎士〟なのだから。
その噂がどう都市内に流れたのか知らないが、行く先々で、ぼくは総督閣下の第一の忠臣として、丁重に遇されたと思う。ジュンもまた、ぼくにぽんぽん仕事を投げてくる。
「あ、それはエディに言っておいて」
「これからは、エディが仕切るから」
「それは、エディが確認してくれればいい」
おかげでぼくはたちまち、膨大な業務の結節点になった。大変だが、働き甲斐はある。都市の管理業務を背負うということは、大きな権力を持つことなのだ。軍の新米士官なんかとは、比較にならない地位である。千人以上の部下と、五十万の住民がいるのだから。
同時に驚いたのは、ジュンが既に、総督として迷いなく振る舞っていることだった。ギデオンやメリッサに報告や説明を求め、疑問点を明確にし、決断して指示を下す。他組織の幹部たちとも会い、堂々と渡り合う。
ジュンを馬鹿にする態度の者も、他組織にいないではないが、彼らも表面上は、一応の礼儀を保っている。それは、ジュンの背後にいるメリュジーヌを怖れているからだ。
大半の者は、既にジュン自身の権威を認めている。最高幹部会の後ろ盾があることは周知の事実だが、操られるだけの子供ではなく、ジュン自身に戦う意志があることが知られているのだ。
優秀なのは知っていたが、これほど易々と、違法都市の最高指揮官の地位に馴染むとは。
辺境の柔軟さや、効率の良さにも驚いた。法律の制限がないため、面倒な手続きもなく、ジュンが命じたことが即座に実現する。
「週に二回、外来者との面談の時間を確保することにした。申請者には順番に会うから、エディがメリッサと一緒に、申請者の身元調査をしておいて。どんな困りごとを抱えているのか、組織の運営状況はどうか、背景があたしにわかるようにね」
「週に一回、各部の責任者との会議を開くことにする。あたしへの業務報告とは別だ。お互いの情報共有をして、幹部同士が親しくなるのが目的だから、お茶と軽食を用意して、気軽な集まりのようにして」
「ルークとエイジで、繁華街の店を、悪質度に応じて区分けして。最悪レベルの店を淘汰したら、収入がどれだけ落ちるか試算して」
「《アグライア》の全職員との面談を開始する。人間もバイオロイドもひっくるめてね。小惑星工場の方も、防衛艦隊の方もだ。経歴や教育レベルを一覧表にしておいて。これは、ジェイクとメリッサに立ち会ってもらう」
「メリッサ、今度から週末のパーティは、二十人以下の少人数にして。お披露目は大体終わったから、あとは個々の客と話せる時間がほしいんだ」
猛烈な忙しさだ。こちらとしては、せめて週に一日は、何も予定を入れない休養日を取ってくれるよう、ジュンに頼むしかない。補佐役のぼくらは交互に休めるとしても、ジュンはずっと休みなしになってしまう。いくら十代の若さがあるとはいえ、そのうち倒れてしまいかねない。
「あたしが倒れても、あんたたちがカバーしてくれるでしょ」
とジュンは笑うのだが。
『レディランサー アグライア編』14章-5に続く