見出し画像

恋愛SF『ブルー・ギャラクシー サマラ編』4-2章 5章

4章-2 シレール

 ダイナのご機嫌は直ったようで、このまま寝てくれそうな感じもするが、今度はいずれ、空腹で泣き出すのではないかと不安になった。

 厨房にはどんな食材でもあるが、さすがに赤ん坊用のミルクの用意などない。普通の牛乳で間に合うのだろうか。いや、それなら、赤ん坊用が製品として存在するはずはない。きっと、必要な成分が違うのだ。

 しかし、違法都市で、そんなものを売っているのかどうか。管理責任者の一人であるくせに、ぼくには見当がつかなかった。違法都市には成人の男女が多く、子供は、奴隷として働ける年齢のバイオロイドしかいないはず。

 通話画面に取りついて、都市の総合管理システムを呼び出した。このシステムは、一族に仕えてくれる執事のようなものだ。何か頼めば、アンドロイド兵なり人間の職員なりを通じて、用を果たしてくれる。

「赤ん坊に必要なものを、一揃い調達してくれ。売っていなければ、作らせてくれ。まずは、赤ん坊用のミルクだ。それから、衣類とおむつ」

「では、製品リストを提示しますので、必要品目にチェックをお願いします」

「既製品が存在するのか?」

「この都市内には存在しませんが、中央の育児書を参考に、類似品を製作します」

「それだ。育児書のデータを頼む」

「育児書は、この十年以内に発表されたものだけで、二千点ほど存在しますが」

「直近五年以内で、ベストセラーの上位に入っているものを、十冊くらい」

 何とか品物の手配をつけてから、都市の経営責任者であるヒルダ夫妻を呼び出した。とにかく、この赤ん坊のことを相談しなければ。

 だが、管理システムが無常に却下してきた。

「今後二週間は、総督夫妻にお取り次ぎできません」

 ニナ夫妻も同様だった。つまり、ぼく独りで何とかしろということだ。これはやはり、一族の長老たちが仕組んだことだと考えるしかない。最長老と、現役世代の総帥マダム・ヴェーラ。

 マダムの夫であるヘンリー大叔父は、良識的で温厚な紳士だが、女性たちの決めたことなら、何でも従うだけだ。わが一族は、始祖から一貫して女性上位。

 ――腑抜けたぼくに、活を入れようというのだ。生まれたての赤ん坊を押しつけることによって。

 

5章 紅泉こうせん

「いいのかねえ、本当に、こんなことして」

 赤ん坊を捨てる役を引き受けたあたしは、シレールの屋敷から数キロ離れた森の中で、探春たんしゅんに向かってぼやいていた。中型の武装トレーラーの車内である。

 はるばる故郷まで呼び出されたと思ったら、麗香れいか姉さまに、こんな役を命じられて。

「何も、赤ちゃんを独り身の男に預けなくても、ねえ……何かあったら、どうするわけ?」

 姉さまから赤ん坊を受け取り、ここまで運んでくるだけで、あたしは十分に情が移っている。森の中に車を止めたまま、管理システムを通して彼の様子を見ているのは、何かあったら、ただちに奪い返すつもりでいるからだ。

「麗香お姉さまと、ヴェーラお祖母さまが決めたことよ」

 探春の方が、いさぎよく心配を止めていた。

「シレールには、生きる目的が必要なの」

 小さな子供だけが、彼の魂を揺り動かすだろう、というのだ。

「一切の援助なく、自力でダイナの世話をする。そのまま時間が経てば、きっといい変化が起こるわ」

「そうかなあ」

 あたしとしては、今からでも、赤ん坊を取り返したい。ヒルダ夫妻なり、ニナ夫妻なり、安定した夫婦が育てるのが、一番いいことに決まっている。そうでないなら、あたしと探春が二人で育てる方が安心ではないか。

 ハンター稼業など、しばらく休んでもいいのだ。市民社会には軍も司法局もあるのだから(違法組織に対しては、能力不足だとしても!!)、自分たちの面倒くらい、自分たちで見ればよかろう。

 何も、半分世捨て人のようなシレールなどに、無理やり生き甲斐など持たせなくてもいいではないか。

 憂鬱な顔のままでも、生きてはいるのだ。どうやら、仕事もこなすようになったし、自殺を図る気配もない。あとは、自然に元気になるまで、放っておけばいいだろう。

 一族の長老たちも、賢いのか阿呆なのか、わからない判断をするものだ。

「シレールは本来、手先も器用だし、責任感も強い人よ。彼に任せて、わたしたちはホテルに引き上げましょう」

 探春が言っても、あたしは首を縦に振らなかった。

「あたしは今夜一晩、ここにいるよ。何かあった時、すぐ駆けつけられるようにね。別の車を呼ぶから、探春だけ、ホテルで休みなよ」

 しかし、探春もまた、あたし一人を森の中に残しては、心配で立ち去れないらしい。

「付き合うわ」

 と言って席を立ち、簡素な厨房でディナーセットを温めて運んできた。移動基地にもなるトレーラーであるから、シャワーも使えるし、簡易ベッドで眠ることもできる。一族の経営するホテルには及ばないが、数日過ごすくらいは我慢できる。半分、覚悟はしていたことだ。

 都市の管理システムに位置情報開示を禁じてあるから、シレールがこの車に気づいて、怒鳴り込んでくることはないだろう。

 いや、怒鳴り込む元気があるくらいなら、心配ないか。

「まったく、繊細な男って面倒くさい」

 食後のハーブティを飲みながらぼやくと、探春が微笑んで言った。

「いずれそのうち、ダイナと遊べるようになるわ。シレールがちゃんと育ててくれるから、わたしたちは時々、遊びに行けばいいのよ」

「そうかなあ」

「管理システムの支援があれば、男性一人でも、十分子育てはできるわ」

「それはそうだろうけど……」

「子供が欲しいのなら、あなたが産むっていう手もあるのよ」

 うーん、別に産みたいわけじゃない。赤ん坊は、目の前にいれば可愛いと思うが、他に色々とすることもあるし、あえて創り出す気はしない。遺伝子操作で頭を悩ますなら、なおのこと。

 あたしのような闘士がいいのか、探春やシレールのような頭脳派がいいのか。それとも、両方を欲張るのか。それがはたして、幸せな人生につながるのか。

 あたしのように、じっとしていられず、冒険を求め続けるというのも、問題がある。家出したきりのシヴァのように、反抗心がありすぎるのも不幸だ。

「王子さまを探すのが先だよ。子供を作るにしても、人工精子なんてつまんない」

「あら、それじゃあ、永遠に無理そうね」

 と従姉妹は愛らしくにっこりする。

「意地悪!!」

 冬の森の中で、夜は更けていく。いつか、そんなこともあったねと、笑い話にできる日が来るといい。

 あたしたちは三日、森で待機してから引き上げた。中央では司法局がやきもきして、腕利きのハンターの帰還を待っているのだ。

   『ブルー・ギャラクシー サマラ編』 了

 このシリーズは『ミッドナイト・ブルー 茜編』『ブルー・ギャラクシー ユーシス編』から入って頂けると分かりやすいと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集