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恋愛SF『レディランサー アグライア編』13章-4
13章-4 ジュン
ユージンとは毎日、色々なことを話した。というより、あたしが一方的に教わった。
辺境の歴史。各組織が経験した、有名な事件や抗争。惑星連邦政府との攻防。生命科学や物理学の、最新の研究内容。どこの組織が、どんな計画で動いているか。
あたしって、本当に何も知らない。
これまで、自分は同い年の若者より勉強家で、知識も経験も豊富だと思っていたけれど、とんでもない自惚れだった。あたしはユージンの百分の一も、ものを知らない。
それに、雑多な知識をどう統合して理解するか、その根幹の世界観みたいなものが、まだ出来ていない。だから、新しい知識を取り入れるたび、世界の見え方が揺らぎ、足場がぐらついてしまう。
「最高幹部会が中小組織を系列化して支配してきたのは、辺境の混沌を少しでも整理するためだ。好き勝手をやらかす小悪党どもを縛るには、より大きな恐怖しかない。最高幹部会に逆らえば、潰される。その恐怖を、長年かけて浸透させてきたんだ」
夕食後、ユージンは水割りのグラスを持ち、あたしはココアのカップを持って、あたしの居間のソファで話をする。
というか、ユージンの講義を受ける。
メリッサは、データの整理をしながら近くで聞いていることもあるし、早く引き上げてしまって、いないこともある。彼女にも私生活は必要だから、それは構わない。本人は、デートする相手などいないと言っているけれど。友達とおしゃべりするとか、映画を見るとか、好きに過ごしてくれればいい。
「秩序を作るのはつまり、自分たちの利益のためでしょ? 小悪党を手先にして、彼らを働かせるため」
あたしは頭の中を整理しながら、ユージンに確認を取る。
「そうだ。上納金を課すことによって、下っ端を制御できる。望ましい組織には、少ない上納金しか要求しない」
「ああ、そうなんだ。絞り取れるだけ、取ってるわけじゃないのか」
「それぞれの組織に必要な資金は、残しておかないとな」
すると、あたしに課されている上納金――都市経営から上がる利益の一部――は少ない方?
「そもそもは何のための組織かというと、科学的な研究のためだ。不老不死。人工の超生命。より強力な武器。無敵の艦隊。バイオロイドの製造も、その一環だ。性的な奉仕をさせるのは派生的な用途で、元々の目的は、人体実験の素材にすることだった。その蓄積のおかげで、きみの母上のような実験体が生まれたわけだ」
派生的とは、恐れ入った。そのおまけの用途で、辺境の各組織は途方もない利益を上げているはず。それに、どこの組織も、末端の労働の大半はバイオロイドがこなしている。
「あたしの母は、自由を得るために戦ったよ。辺境でも、市民社会でも」
ここではメリュジーヌ以外、誰にも言わないけれど、母の姉妹であるアイリスは、今もどこかで戦っている。生存のための戦いを。
いつかアイリス一族が、〝連合〟を滅ぼす可能性だってある。それもまた、恐ろしい未来のような気がするけれど。人類は、彼らと融合することでしか、生き残れなくなるかもしれない。いま、エディの体内にアイリスの細胞が根付いているように。
「その姿を見ていたから、きみは幼い頃から戦う覚悟ができていたわけだ。おかげでこうして、最高幹部会に抜擢された。〝リリス〟に対抗する看板として」
「だから、そんなの無理だって!!」
このあたしが、伝説の英雄と張り合うなんて。今、もしもこの場に〝リリス〟が現れたら、あたしは飛び上がって尻尾を振り、すり寄って握手をねだってしまうだろう。
それとも〝リリス〟は、あたしを退治するべき悪とみなすだろうか?
それは困る。殺されたくなんか、ない。
でも、必死に弁解しても、わかってもらえなかったら? その時は、〝リリス〟と戦うことになってしまうの? 正義の味方って、そんなに偏狭だろうか? だって、自分たちだって〝違法〟強化体なんでしょう?
「しかし、きみはもう歩き始めた。進むしかないだろう」
とユージン。彼の話はわかりやすかった。おかげであたしも、だいぶ賢くなった……ような気がする。
「ユージン、あんたも不老不死が欲しい?」
彼は平静なまま、薄い水割りをちびちび味わっている。
「少なくとも、任務をこなし続けるには、若さを保つ必要がある。遠い未来はわからないが、数百年は延命を続けるだろうな」
永遠に生きる。つまり、永遠に働く。途方もないことだ。
「辺境では、引退って、ないのか……」
「若い肉体で引退したら、退屈するだけだろう」
今のあたしは、退屈な暮らしに、ちょっぴり憧れてしまうけどな。
「ずうっと若いってことは、ずうっと働くってことか。何百年でも、何千年でも……もしかしたら、何億年も」
あたしだって長生きはしたいけれど、そこまでの未来は想像がつかない。そんなに長く生きていたら、きっと、今の自分とはかけ離れたものになってしまうのだろうし。
それとも、少しずつ変化していったら、何ともないのかな。あたしがいつの間にか、小さな子供ではなくなっていたように。そして、そのことを特別残念だとは感じていないように。
「少なくとも、わたしは、仕事がないと困る。芸術家なら芸術のためだけに生きられるだろうし、学者なら研究だけで満足だろうが、わたしは凡人だからね。何らかの職務がないと」
それはそうだ。ただ、ユージンにしろ他の代理人にしろ、最高幹部会の飼い犬で満足なのかどうか。
彼に接しているあたしには、わかる。ユージンはなまじの市民より、よほど真剣にものを考えている。そして、大きな責任を自覚している。
だから類推して、最高幹部会の他の代理人たちも、人類社会の中の真のエリートなのではないかと想像している。戦いを他人に任せて思考停止している〝善良な〟市民たちより、あたしには頼もしく思えるくらいだ。
こう感じること自体、あたしが洗脳され、邪悪に染まっていることなのかもしれないけれど。
自分では、まだ正常なつもりでいる。多少、知識が増えただけで、元のジュン・ヤザキと何の変わりもないと。いずれエディたちが来てくれたら、彼らが判定を下してくれるはずだ。あたしが、悪しき変質をしているかどうか。
『レディランサー アグライア編』13章-5に続く