
恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-3
10章-3 ジュン
昼食を済ませると、ユージンがやってきて、あちこちを案内してくれることになった。彼は午前中、自分の組織の仕事を片付けてきたらしい。
「男はいいね。いつも、似たようなスーツ着てればいいんだもん」
と地味なスーツ姿の男に言ったら、あたしのお守り役は、褐色のサングラスのまま、にこりともしないで言う。
「わたしは、もし女に生まれていたら、毎日着飾って、男を悩殺して歩いていたと思うぞ」
あたしが(脳内に生じた想像図のために)思わずのけぞると、ユージンは、かすかににやりとする。
「せっかく女に生まれたんだ。毎日、綺麗な格好をすればいいじゃないか。どうせ、いつまで生きられるか、わからないんだから」
この男も、なかなか底が見通せない。だからこそ、メリュジーヌに見込まれているのだろう。こういう連中が中枢を固めているのなら、〝連合〟はそう簡単には崩れないはずだ。
まずはセンタービルの中にある、総合司令室に案内された。十数名の職員が配置について、担当部署との連絡や調整を受け持っている。ここでは、都市内の出来事が全てわかるようになっているそうだ。都市に付属する小惑星工場や、防衛艦隊などの情報も、ここに集まる。もちろん、各部署に指令を出すこともできる。
というか、あたしの宿泊する部屋でも、ほぼ同じことができるらしい。あたしのいる場所が、すなわち総督執務室ということだ。
管理責任者のギデオンという年齢不詳の男が、堅苦しい態度であたしに挨拶した。
「初めてお目にかかります。ギデオンと呼んで下さい、総督閣下。ここの室長のようなものです」
この男、黒髪に黒目で浅黒い肌の、地味目のハンサムだけれど、顔には笑みのかけらもない。まるで、害虫でも見るかのような視線を向けてくる。火で焼くか、殺虫剤をかけるか検討中、というように。
「どうも。よろしく、ギデオン」
こちらとしては、子供が上役で迷惑だろうなんて、当たり前のことを言うつもりはない。言ったところで、現実は変わらない。それより、この現実に慣れてもらうことだ。
「都市の警備・生産・流通・居住者管理などに関する詳細は、ご下命があれば、いつでも説明に上がります。外出時の警護をする部隊も、ここで管理いたします。いずれ総督閣下が、ご自分の警備隊長をお決めになれば、警備関係の指揮権は、そちらにお任せしますが」
大の大人に何度も閣下なんて呼ばれると、慇懃に馬鹿にされていることが切々と伝わってくる。たぶんこいつは、あたしのことを、父親の七光で有名になっただけの娘、と思っているのだろう。それが、いったい、この都市をどうひっかき回してくれるのかと。
その七光効果は否定しないが、いずれ、あたし独自の中身があるってことを、厭というほど見せてやるからな。
「当面は、これまで通りでいいよ。これまでは、誰が一番上の命令権を持っていたの? 前の総督?」
「いえ、総督というものは、いませんでした。都市の事務的な代表は一応、わたしでしたが、統率者ではなく、調整役にすぎません。都市運営は、各部門の責任者の合議制でしたから。都市全体が《キュクロプス》の管理下にあったので、それで済んでいたのです。大きな指令は《キュクロプス》上層部から来ます……いえ、来ていました」
では、総督体制の方が異例なのか。それはどうやら、あたしのために新たに作られた役職らしい。
「他の違法都市の管理体制って、どうなっているの?」
「それは、都市によります。大組織の所有する都市の一つなのか、それとも独立都市なのか。独立都市でも、一つだけで孤立している場合もあれば、幾つかの姉妹都市と提携している場合もあります。それぞれ、最適の方法で運営していると思います」
なるほど。
「じゃあ、辺境の全都市の一覧表を出してくれる? どこがどういう状況なのか、ざっとわかるように」
これまでも、噂程度には聞いていたけど、網羅はしていないから。
「承知いたしました。組織の勢力図と併せて、明日の朝食時には、お手元に届くようにします」
とギデオンは当然のように言う。部下って、便利だなあ。質問には答えが返ってくるし、要求した資料は出てくるし。《エオス》ではあたしが一番下っ端だったから、走り回って何かを用意するのは、あたしの役目だったんだ。
「いま何か、あたしがあなたに、指示すべきことがある?」
「特にはありません。何か変更なさりたい点があれば、別ですが」
昨日到着したばかりなのに、何をどう変更したいかなんて、わかるはずがない。
「じゃあ、後でまた、詳しいことを教えてもらいにくる。とりあえず、街を回ってくるから。留守をよろしく」
ギデオンは、お辞儀の手本のように、慇懃に頭を下げた。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
まるで一流のホテルマンのようだ。あたしがどこかで事故でも起こして、帰ってこなかったら、万々歳なのだろうな。おかげで絶対、無事に戻るという意欲が湧く。
あたしたちはメリッサの用意してくれた車に乗り(前後に護衛車両がついた、中型の武装トレーラーだ)、センタービル周辺の繁華街から始まって、あちこちを見物して回った。当面、あたしの護衛には、ユージンとメリッサが責任を持ってくれるそうだ。
「新たな警備隊長は、系列組織から引き抜くか、募集をかけて選抜するかすればいいでしょう。信頼のおける人物が見つかったら、ジュンさまの警護だけでなく、都市警備全体に責任を持ってもらえばいいのです」
とメリッサは言う。
「新たな隊長って、必要なの? 今の警備部隊は、どんな体制?」
「今の警備部隊は、最低限のものです。隊長も、まあ、それほどの人物ではありません。《キュクロプス》の系列である限り、大きな問題が起きることは想定されていませんでしたから。ですがこれからは、色々と騒動が起きるでしょうから、実力のある隊長が欲しいところですね」
はあ、そういうものか。カティさんも、生真面目に頷きながら記録をつけている。違法都市の内情を把握しようと、懸命だ。
「わたしは事業関係のことならわかりますが、戦闘方面にはあまり素養がありません。ユージンも、いずれ自分の組織に帰る身です」
とメリッサは言う。
「軍人上がりとか、他組織で警備業務をしていた者とか、経験のあるプロが部隊を統率した方がいいでしょう。今の部隊から誰か昇格させてもよいですが、それにはジュンさまが、彼らのことを掌握する必要があります」
「うーん、わかった。考える」
宿題その一だな。命令系統や部下の把握。あたしはこの都市機構で何人の人間が働いているか、それすらもまだ知らないのだ。
『レディランサー アグライア編』10章-4に続く