恋愛SF『レディランサー アグライア編』13章-3
13章-3 ジュン
あたしはまた、新しい収益源になる事業は起こせないか、ということも考えた。
たとえば、違法都市には遊園地がない。市民社会には、必ずあるのに。遊ぶ子供がいないから、採算がとれないのか。大人だって、遊園地は楽しめるだろうに。
そもそも、立派な広場や公園があっても、利用者があまりいない。狙撃や誘拐、盗撮などを心配するからだという。つまり違法都市には、大勢が安心して過ごせる公共空間がないということだ。
他の都市ならともかく、この《アグライア》ならば、狙撃や毒殺や誘拐や爆弾騒ぎを警戒せず、街歩きを楽しめる、という風にできないものか。
それともそんなことは、組織同士の抗争が当たり前の世界では、不可能なのか。
繁華街の店も、片端から見て回った。上品な店も、いかがわしい店も。総督であると知られてはまずい場合は、かつらをかぶったり、特殊メイクをしたりして、変装した。時には、ユージンの侍女のふりをしたりして。
ストリップを見せるバーも、ポルノショップも視察した。人間の快楽のために考案された、驚くような商品を見て、同行のメリッサと顔を見合わせることもあった。
「わたしもさすがに、こういう店は利用したことがありませんでしたので……」
とメリッサは後悔している様子で言い、あたし以上に貪欲に、商品を調べて回っていた。幾つか欲しそうな様子だったから、後で取り寄せたかもしれない。あたしとしては……人間の貪欲さに、いささか食傷した。みんなそんなに、普通のセックスに飽きているのか?
可能性を感じたのは、セックス用のアンドロイドだ。心を持たない半有機体の人形だが、簡単な受け答えはできるし、生きているかのような質感で、子供タイプから、美女タイプ、美青年、美中年まで、豊富に揃っている。
こういう人形があるのなら、十分、バイオロイドの代用になるではないか。娼館や会員制クラブなどでは、総督命令で、これに置き換えられるのでは。
人間と変わらない心を持つバイオロイドたちに、苦痛を強いる必要はないのだ。心のない人形なら、殴ろうが蹴ろうが首を絞めようが、好きにすればいい。
あたしはこれらの店で働く者たちに、あれこれ質問した。どんな客が来るのか。トラブルはないのか。どんな商品が売れているのか。
彼らは最初、どこまで正直に答えていいのか、ためらっていたようだけれど。あたしが訪問を繰り返せば、いずれ口はなめらかになるだろう。
「メリッサ、美青年タイプを一体買って、試してみない?」
と提案したら、日頃、歯切れのいい才女が、もじもじとして煮え切らない。
「あのう……」
もしや、いい歳をして、男が怖いんじゃないかと思いそうになる。仕事一筋で、小恋愛さえしていないのなら。まさか、処女なんじゃないだろうな。それはさすがに、尋ねるのがためらわれるが。
「それは、自分が惨めになりますわ」
「えー、そういうもの?」
「だって……生きた男性の代用品でしょう?」
まあ、女の場合は、自分さえその気なら、いくらでも男を呼び込めるから、あえてセックス用の人形を買うことはないのかもしれないが。必要な時だけスイッチを入れて使用できるのは、便利だと思う。あたしはまだ、そこまでの必要性を感じないけれど。
というか……あたしがいずれ、男性と深い交際をするとしたら、その相手は……エディなのか、それともティエンなのか。
でも、彼らをそんな風に〝あたしの私生活に引き込む〟のは、卑怯ではないだろうか。何の保証もないあたしの将来に、付き合わせることになってしまうのは。
「もう何十年かして、理想の男性に巡り会えなかったら、その時、検討しますわ」
というのがメリッサの結論だった。まあ、人に無理強いすることではない。あたしとしては、エディがこちらへ向かってくれているのだから、それで充分、満足だ。それ以上の何かを求めるなんて、わがままが過ぎるではないか……
***
自分の足場となるセンタービルの中も、くまなく回った。もちろん、ど素人なので、とんちんかんな質問をしたり、担当者に苦笑されたり、反発されたりするけれど。オフィスで報告書を読むだけより(実際、発狂しそうな情報量に埋もれることになる)、じかに現場で話を聞いた方が、理解が早い。
その合間に、他組織の幹部たちと会って(あたしとの面会を希望する人物は、常に数百人いる。これから先、どこまで増えるかわからない)、お茶をしたり、食事をしたり。
こちらもまた、その人物に関する調書を読むだけより、短い時間でも同席する方が、はるかに〝人となり〟がわかる。あたしを懐柔しようとする者、頭から馬鹿にしている者、真剣な興味を持ってくれる者、さまざまだ。中には本気で、
「辺境が、このままでいいはずがない。改革は必要だ」
と言ってくれる人物もいる。
本気かどうかは、表情や態度、些細な事柄への対応でわかった。あるいは、わかると思えた。そこまで完璧に演技することなど、普通の人間にはとてもできない。超一流の俳優とか、超越体だったら、また別かもしれないけれど。
「ジュンさま、たまには丸一日、お休みになったら」
とメリッサに言われても、ごろごろしているより、飛び回る方が気持ちが楽だった。朝、目を覚ました時から、頭の中に色々な考えが渦巻いている。あれを確認しないと。これを調べないと。躰が幾つあっても足りないくらい。
「あのな、きみが細部を全て把握する必要はないんだ。現場を把握している管理職が、各部門にいればいいんだよ。きみは、彼らとお茶でもすればいい」
ユージンからはそう忠告されたけれど、あたしにはまだ世間智がないから、あれもこれも全部自分で確かめないと、気が済まない。こうやっていれば、いずれ、どこを他人に任せていいか、どこを自分で確認しなければならないか、その匙加減が体得できると思うから。
幸い、市民権を取るためにガリ勉した記憶と、《エオス》でしごかれた記憶が染みついているので、学ぶこと、働くことは苦にならない。
朝早く起きて、軽い運動もしている。考えすぎて頭が疲れた時は、躰を動かすとすっきりするのだ。さすがに、本格的な空手の稽古をする余力はないけれど、いつでも自在に動く肉体を維持できていると思う。
毎晩、ぐったり疲れてベッドに入ると、
(みんなが到着するまで、あと何日)
と指折り数えた。その希望があるから、今の激務に耐えられる。
エディが来てくれたら、メリッサと並ぶ秘書になってくれるだろう。あたしの気が回らない部分にも注意してくれ、正しい忠告をしてくれるに違いない。
ルークは技術部門を掌握してくれるだろうし、ジェイクは情報分析や他組織との折衝を引き受けてくれるだろう。エイジは警備部門の責任者になってくれるはず。適材適所の、素晴らしい陣容だ。
そうしたら、あたしも少しは気を抜いて大丈夫だ。世間からは、
『忠臣に囲まれたお姫さまだな』
と笑われるかもしれないけれど。何とでも言えばいい。あたしには、信頼できる側近が必要だ。ユージンはいずれ自分の組織に戻るか、他の任務でどこかへ行ってしまうかだろうし、メリッサの本当の主人はメリュジーヌだもの。
もちろん、だからといって、いつまでもジェイクたちに甘えられない。何年かしたら、彼らは市民社会に帰らなくては。そして結婚して、子供を育てて、普通の幸せを掴んでくれなくては。
だけど、数年でいい。あたしがもっと実力をつけるまで、側にいて支えてもらいたい。それは結局、世界全体のためなんだもの。
『レディランサー アグライア編』13章-4に続く