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恋愛SF『レディランサー アグライア編』19章-1
19章-1 ジェイク
ジュンの元へはほとんど毎日、面会の希望者がやってくるが、この日は特別の客だった。何十もの違法都市に支店を持つ、女性専用のファッションビル《ヴィーナス・タウン》の代表者が、側近を派遣してきたのだ。
「初めまして。カーラと申します。うちの代表者のハニーから、是非とも出店の話をまとめるよう、申しつかっております。ジュンさまにじかにお目にかかれて、光栄ですわ」
数名の女性部下を連れ、小規模艦隊で来訪したのは、上品なドレススーツを着た華麗な赤毛の美女だ。この《アグライア》に《ヴィーナス・タウン》の支店を置くため、下準備に来たのである。
ここまで頑張って話を進めてきたのはエディだが(奴としては、ジュンに頼れる女性の友達がいた方がいい、と考えたのだ)、ジュンにも異存はなかった。この《アグライア》に有名店の支店ができれば、ますます女性を集めやすくなるのだ。
辺境の宇宙において、本物の人間の女性は〝希少資源〟だ。女が集まれば、それに惹かれて男も集まってくる。
「こちらこそ、はるばる来て頂いて光栄です。お手伝いできることは何でもしますので、どうかゆっくり、この街を見ていって下さい」
通り名でハニーと呼ばれる創業者は、メリッサの話からすると、辺境では珍しく、信念を持った高潔な女性であるらしい。自分の組織は女で固め、生存期限の来たバイオロイド女性にも再教育を与えて、従業員として長く使っているという。
その話が本当なら、ジュンの改革には、大きな道しるべになる。メリュジーヌとしても、新進気鋭のジュンと、既に地歩を固めたハニーとの連携は、望ましいことらしかった。
「辺境に女の居場所が増えれば、中央から辺境へ出てくる女性も増える。女性比率が上がれば、辺境も少しはましな場所になるだろう、という長期戦略ですわ」
俺たちを前にして、カーラはにこやかに説明した。たった一つの店から始まって、いかに支店を増やしてきたか。その中で、いかにバイオロイドの女たちを育ててきたか。五年で廃棄するという辺境の常識を捨て、彼女たちを戦力としてきたことも打ち明けてくれた。
「つまり、うちのハニーは、こちらのジュンさまと同じ考え方をしているのです。お二人が協力し合えば、個々の変革が、大きな流れになるかもしれません」
最高幹部会も、《ヴィーナス・タウン》には特別な庇護を与えているそうだ。そこへ他組織の男たちが押し入ることはできないし、内部に入った女性が、意志に反して連れ出されることもない。
いわば〝女の聖域〟なのだ。
それも、最高幹部会の行う社会実験の一つなのだろう。つまり、ハニーもまた、辺境のスターの一人、ということだ。
「あたしの大先輩ですね。いずれ、ぜひ、じかにお会いしたいです」
とジュンも嬉しそうだ。まずは部下同士の打ち合わせ、それがうまくいってから初めてトップ会談という流れになるが、その重要な一歩として、全権を任された側近が来たのだ。
「なんか、大きなことが始まりそうだな」
「ああ、大きな流れが生まれるかもしれない」
とルークやエイジも興奮気味にささやき交わす。そういう有名店があることは知っていたが、男である俺たちの視点では、はるかな遠景にすぎなかったのだ。
「《ヴィーナス・タウン》というのは、辺境の女性たちの憧れなんです。ハニーさんという代表者は、部下たちにも、女神のように崇められているようですね」
とエディが嬉しそうに言っていた。その輝かしいスター女性が、辺境では『商売上手』程度の評価しかされていないのは、女性向けファッション産業という、柔らかなヴェールに包まれていたからだろう。
ハニーはジュンのように、男たちの警戒心を呼び覚ます、強硬な真似はしていないのだ。それだけ老獪で、したたかな女なのだろう。
(ジュンが、うまく対抗できればいいがな)
いくら優秀で努力家でも、ジュンはまだ若いし、単純だ。辺境には、どんな落とし穴があるかわからない。せめて俺たちが、その穴を早目に発見しなければ。
ハニーの使者たちは賓客扱いで、センタービル上層階の客室に迎えられた。ジュンは公式の夕食会で歓迎した後、彼女たちと何時間も話し込んで(その親密な話し合いから、俺たち男連中は締め出された)、すっかり意気投合した様子。
(本当に、そこまで信用していいんだろうか)
と俺は不安だが、ジュンが〝女の連帯〟を進めたいなら、しばらくは様子を見るしかない。
カーラという女は、部下たちと都市内を見学して歩き、やがて出店のための土地に目星をつけた。
「他都市では繁華街に店を出していますが、ここでは趣向を変えて、小さな湖を一つ、周辺の土地も含めて借り受けたいと思います」
そこで、保養地のような空間を作る計画だという。
「野外でキャンプをしたり、焚火の周りで食事をしたりしたい、という需要がかなりあることがわかったのです。自然の中での休養ですね。ですから、レストランやブティックなどを入れたホテルを中心に、キャンプの他、お花見や乗馬なども楽しめる庭園を整備したいと思います。施設が出来ましたら、ジュンさまにも是非、贔屓にして頂きたいですわ」
商談はまとまり、カーラは担当する部下を何人か残して、本拠地の《アヴァロン》に引き上げていった。選ばれた湖の周囲では、じきに造園やホテル建設などの作業が始まるだろう。
「いい感じになってきた」
ジュンは張り切って言う。
「《ヴィーナス・タウン》が保養地を作ってくれるなら、《アグライア》にとっては大きな宣伝材料になる。これで、辺境中から女性が集まるよ」
結構なことだ。いつか、最高幹部会が掌を返さない限り。
『レディランサー アグライア編』19章-2に続く