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恋愛SF『レディランサー アグライア編』10章-12

10章-12 ジュン

 翌日、アレンはお茶の席で、あたしたちに話してくれた。双子の姉妹との出会いから、辺境の宇宙に違法組織を築いた現在まで。

「最初はカティと付き合っていて、大学を卒業したら、結婚しようと思っていた。それが、大学生活の途中で、アンヌ・マリーの方から近づいてきたんだ。最初はカティのふりをして、ぼくの前に現れたんだよ。カティと同じ髪型にして、似たような服装で」

 うわあ、それはホラーだ。

「それまで、カティに妹がいることは知っていたが、別の学部だったから偶然に会うこともなかったし、双子とは知らないままだった。カティも、妹のことには触れたくないようだったし。とにかく、アンヌ・マリーとの最初のデートの途中で、カティじゃないと気がついた。でも、その時は既に……何というか……手遅れで」

 つまり、肉体関係に陥ってしまってから、カティさんじゃないと気づいたわけか。アレンの驚愕と後悔が、まざまざ見えるような気がする。

「ぼくが弱かったんだが、それからやむなく……何度か、カティに内緒で、アンヌ・マリーと会うことになってしまって……さすがに、これはまずいと思って、一か月目くらいで、もう会わないと宣言したんだが……アンヌ・マリーに脅迫されたんだ。ぼくがカティと別れないなら、死ぬと言って」

 ますます怖い。

「まさかと思ったが、目の前で、すぱっと手首を切られた。小さな果物ナイフだったが、恐ろしかったよ。二人とも、血まみれになってしまって。ぼくは止血しようとするし、アンヌ・マリーはそれに逆らうし」

 そういうのを、修羅場というのだろうな。うーむ、あたしは経験したことがない。経験したくもない。

「カティと別れると誓って、ようやく手当てすることができた。幸い、病院には行かずに済んだので、他人に知られることはなかったが」

 あたしは呆れた。アレンのお人よしぶりに。

「そんなの狂言自殺だよ!! アンヌ・マリーは、自分で死ぬような性格じゃないでしょう!!」

 アレンは苦い顔で頷く。

「それは、ぼくにもわかった。でも、彼女は何度でも、こうやって自分を傷つけるだろうと思った。ぼくがカティと別れるまでね」

 う、そうか。

「そこまで必死になる娘を、とても見捨てられなかった。だから、カティと別れたんだ」

 すごい、アンヌ・マリー。まさしく命がけで、姉からアレンを奪ったわけだ。

 あたしなら……できない。そこまでは。だって、恋愛なんて、人生のごく一部にすぎないもの。人によっては、ものすごく大きな一部なのだろうとは思うけど。

 恋愛は……なくても生きられる。たぶん。他に、夢中になれるものがあれば。

 そういうところ、あたしは冷たいのか。だから、最高幹部会に見込まれたりするわけか。

 そうだな……今は、どんな改革をするかで頭が一杯だ。エディやジェイクたちが来てくれたら、ああしてこうして、と計画を立て始めている。まずは、本物の総督にならなくては。ギデオンを始めとするスタッフから敬意を受けられないと、何も始まらないだろう。

「カティは誰にでも好かれる優等生だったから、ぼくが去っても、他の男と幸せになれると思った。だから自分は、アンヌ・マリーを幸せにしようと決心したんだ。他の男では、アンヌ・マリーのわがままを受け止められない。いや、彼女はわがままというより、意志が強くて、自分の考えを持っているだけなんだが。それは市民社会では、身勝手と言われてしまう資質だからね」

 困ったものだ。アレンには包容力がありすぎる。だから、アンヌ・マリーに見込まれてしまったのだろう。

「しかし辺境では、それはプラスに働いた。アンヌ・マリーは優秀な統率者だったよ。ぼくは自分たちの組織を育てることに必死だったので、市民社会を振り返る余裕がなかった。カティがあれからずっと苦しんでいたなんて、ユージンから連絡を受けるまで、知らなかったんだ」

 カティさんは白いドレスを着て、アレンの横にぴったり張りついている。頬は薔薇色に照り輝いて、緑の瞳も濡れたような輝きだ。雨の後に開いた花のようで、瑞々しく、美しい。たった一晩で、見違えるほど艶麗になった。この姿を見てしまったら、もう、

「おめでとう。アレンと幸せにね」

 と祝福するしか、ない。今回は、カティさんの粘り勝ちだ。ずっとあきらめずに思い続けたおかげで、こういう結果になったのだから。

 その代り、アンヌ・マリーを目覚めさせた時が怖いけど。

「ありがとう。ごめんなさい、ジュン。せっかく秘書にしてもらったのに、何もしないうちに離れることになって」

「そんなこと、いいから、気にしないで。それより、アンヌ・マリーの代りに組織に入る方が大変だよ」

「それは、何とかやってみるわ。あの子にできたことなら……いえ、わたしは、わたしのやり方でやってみる」

 まあ、アレンが一緒なら、何とかなるだろう。助けが必要な時は、相談してくれればいい。

 彼らがアンヌ・マリーの冷凍カプセルと共に《アグライア》を去った後で、あたしはメリッサに聞いてみた。

「ねえ、ああいう大恋愛、したことある?」

 黒髪を結い上げた涼しげな美女は、首を横に振り、疲れたようなため息をつく。

「残念ながら、ありませんわ。小恋愛さえ、ありません。辺境では本当に、まともな男が見当たらなくて……たまにいたと思ったら、凄まじい倍率で女たちに取り合いされているんですもの」

 やはり、夢見る乙女だ。それでいて、違法組織内で出世できるのだから、不思議なもの。いや、恋愛に気を散らさない方が、仕事向きなのだろうか?

「ユージンは?」

 とサングラス男に話を振ったら、いつも通り冷淡な態度。

「人に聞くなら、まず自分が打ち明けたらどうだ?」

 ふん。

「あたしだって、そんな経験、ないよ。あったら、こんなところに来ていないよ」

 子供の頃、空手道場の先輩に憧れたり、友達のリエラのお兄さんに憧れたりはしたけれど、それはみんな、淡い片思いだった。会わなくなったら、自然に忘れてしまった。

 まだ忘れていない片思いもあるけれど……仕方ない。あたしは、戦う人生を選んだのだ。仲間として傍にいてもらうだけで、十分だと思わなくては。

「あら、ジュンさまには、エディ・フレイザーという恋人がいるはずでは? 報道では、いつも一緒に映っていましたわ」

 メリッサまで、それを言うか。

「違うよ。エディは船の仲間。付き合ってるふりをしていれば、防壁になるから、そうしてきただけ」

「あら、本当にそれだけなんですか?」

「それだけだよ」

 納得されていない気はしたけれど、どうでもいい。とにかく、この件は落着した。数年後にまたもめるようなら、その時のこと。

 カティさんがうらやましくて、切ない気分もあったけれど、それは忘れよう。あたしはまず、仕事に集中しなければ。


   『レディランサー アグライア編』11章に続く

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