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恋愛SF『ブルー・ギャラクシー サマラ編』3章-3
3章-3 紅泉
一族は、滅多に人員を増やさない。不老の一族が子供を誕生させ続けていけば、やがては統制がとれなくなり、分裂や抗争、ひいては自滅の危険が高くなるからだ。
貴重な闘士だったサマラおばさまが死んだからこそ、麗香姉さまも、新しい一員を誕生させようと考えたのだろう。その赤ん坊を、シレールは素直な目では見られないはずだ。
「何か、祝いの品を贈る。だから、もう構わないでくれ」
くたびれたシャツ姿のシレールは、探春を見ないままで言う。かつては、一族有数の洒落者だったのに。
「別に、自殺するつもりはない。もしかしたら、その方がいいのかもしれないが。ぼくが死ねば、もう一人赤ん坊が誕生できるからな」
自嘲の言葉を聞いて、探春が悲しい顔になる。確かに、子育てを希望する夫婦は、一族の中に何組もいるのだ。
でも、言っていいことと悪いことがある。
あたしはベンチから立つと、白い花を咲かせた薔薇の茂みの横を通り過ぎ、中庭に面したテラスに向かった。そして、仁王立ちで言い放つ。
「まったく、鬱陶しい男だわねえ。サマラおばさまが見たら、張り倒したくなるに違いないわ。あんたがうじうじしてて、おばさまが喜ぶとでも思うの?」
探春が視線でいさめてきたが、あたしには、こういう慰め方しかできない。
もちろん、サマラはおばさまにはもう、喜びも悲しみもしない。何かを知ることも、思うこともない。それが死ぬということ、この世界から消え失せるということだ。あたしにはまだ、とうてい実感の持てないことだけれど。
「紅泉、きみは相変わらずだな……〝正義の味方〟は、楽しくて仕方ないんだろう」
シレールは、精一杯の皮肉をこめて言う。あたしのことを、粗野な不良娘と思っているのだ。中央の政府機関におだてられ、くだらないハンター稼業などに飛び歩いている、能天気娘だと。
そう思われて当然だけれど、それでも、探春に悲しい顔をさせたことが許せない。
「紅泉!!」
探春が悲鳴のような声を上げた瞬間、シレールの体は宙を舞い、しぶきを上げて、大理石の噴水を囲む水盤の中に投げ落とされていた。なに、深さは十分あることを承知している。
肉体は強健なのだから、このくらいの荒療治は許容範囲内であろう。
さすがのシレールも、もがいて水中から起き上がり、咳き込みながら縁石に手をかけた。探春が室内に駆け込んだのは、タオルかガウンを持ってくるためだろう。現在の気候は春だから、凍えるほどではないが、それでも十分に冷たい水である。
――まったく、何という野蛮な女だ。
濡れねずみの男から怨嗟の視線を向けられたけれど、あたしは傲然と腕を組んで立っていた。
「男が弱いってことは、知ってるよ。女より数倍、傷つきやすくてもろいってのはね」
だから、正道を外れる者には、圧倒的に男が多いのだ。
「だけど、それを売り物にするのはやめてほしいわ。傷ついた顔をしていれば、みんなが寄ってたかって慰めてくれる。それに感謝するどころか、迷惑顔をするってのはどういう料簡なの!! 後追い自殺する気なら、勿体ぶってないでさっさとすれば!?」
意外なことに、シレールはうなだれた。自分でも、一族の保護に甘えている自覚はあったのかもしれない。
「仕事は、する」
滴を垂らして芝生の上に降り立ちながら、憂鬱そうに言った。
「任された分の責任は、果たす。それで、文句はないだろう」
うーむ、追いつめてしまったかな。
探春が大きなバスタオルを持ってきてシレールを包み、
「早くお風呂に」
と奥へ連れていった。確かに、それ以上を要求する権利は、あたしにはない。楽しくない時に、無理に楽しい顔をしろとは言えないのだ。
やがて、探春が戻ってきた。茶色い眉を曇らせて言う。
「ほんとに、もう、無茶をする人ね」
「ミサイルを撃ち込むよりは、穏健だったでしょ?」
探春は同意しない顔で、首を左右に振った。
けれど、少しは効果があったのではないだろうか。仕事をすると言ってしまった以上、シレールは、その言葉に責任を持つだろうから。
『ブルー・ギャラクシー サマラ編』4章に続く