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恋愛SF『レディランサー アグライア編』15章-2

15章-2 ジェイク

 ジュンの張り切り方は、見ているだけで疲れるくらいだ。毎日、勇んで総督稼業に飛び回っている。書類仕事に現場の視察、職員たちとの会議、他組織の幹部たちとの面会。そこで、娼館廃止やバイオロイドの解放について、熱く語る。

 俺たちはジュンを〝闘士〟だと思っていたが、実は〝政治家〟だったのかもしれない。市民社会で議員になることだけが、政治の道ではなかったのだろう。

「あの方は、本物ですね。最初はなぜ、こんな小娘がと思っていましたが、最高幹部会は、ちゃんと見る目を持っていたわけです」

 懐疑的だったギデオンのような幹部でさえ、心服させたくらいだ。トップが意欲に満ちていると、それが末端まで伝わっていき、日々の仕事に反映する。秘書のメリッサもまた、

「ジュンさまにお仕えできて、幸せです」

 と顔をほころばせ、毎日、いそいそ付き従っている。メリッサも野心のある女だが、それはトップに立ちたいという種類のものではなく、周囲に有能だと認められ、頼りにされることで満足する種類のものらしい。

 おかげで、ジュンの地位は当面、問題なさそうだ。最高幹部会の試みは、いまのところ、うまく進んでいる。

 どこの違法都市だって、こんなに働く責任者はいないだろう。普通は各部署に有能な部下を据えたら、彼らに任せるのではないか。

 しかし、若いジュンには何でも新鮮らしく、センタービルで働く職員たちとの個別面談も、まめにこなしている。人間の職員ばかりでなく、下働きのバイオロイドたちにも時間を取っていた。

 何か辛いことはないか、困っていることはないか。現場から提案することはないか。

 問題があれば解決策を考え、すぐに実行する。

 優秀な娘なのは知っていたが、ここまで優秀とは思わなかった。若い頃の親父さんでも、たぶん、ここまで切れ者ではなかったはずだ。

 いや、有能さというよりは、情熱だろう。

 世界を変えようとする意欲。

 それがジュンにはあり、俺たちには……いや、俺にはない。

 ジュンはたぶん、母親の願いを背負っているのだ……違法組織で創られた戦闘兵器だった母親の。彼女は人間になりたいと願い、夫と子供を得た代わりに、無理な手術で命を縮めた。ジュンはその悲劇を肌で知っているから、辺境の矛盾を負わされるバイオロイドたちを見過ごせないのだ。

 おかげで側近である俺たちも、忙しく働くことになった。ジュンの要求水準が高いから、うかうかしていられない。

「エイジ、警備部隊の訓練するでしょ。あたしも参加するから、計画ができたら見せて」

「ジェイク、今後も定期的に親睦会を開きたいから、趣向を考えて。庭園で音楽会とか、湖に船を出して花火とか。その時々で、気が向いたお客が出席してくれるだけでいい。あたしの考えを、さりげなく広めておきたいの」

「ルーク、小惑星工場のバイオロイドたち、働きながら再教育できるかな? 教育プログラムを組んで欲しいんだけど」

「エディ、メリッサと一緒に、新規採用者の書類選考頼むね。面接はあたしも同席するから」

「ユージン、メリュジーヌの都合を聞いておいて。時間のある時に、あたしの考えを聞いてもらうから」

 さすがは親父さんの娘、数々の事件で鍛えられているから、どんな場面でも堂々と振る舞うし、何より打たれ強い。何かで失敗しても(他組織の幹部を怒らせるとか、困った人材を採用してしまったとか)、反省してすぐ立ち直る。

「幹部たちの序列を無視したから、まずかったんだ。次は、地位の高い順に話していこう。メリッサ、順位表を頼むね」

「採用する時には、前の前の組織にまで、聞き合わせをした方がいいんだね。エディ、それを標準手続きにしておいて」

「先週会った幹部が、今週にはもう、この世にいないなんてね。組織内の対立まで、目配りしないといけないんだね。ジェイク、把握を頼むよ。できる範囲でいいから」

 最高幹部会がジュンを選んだのは正しい、としみじみ思うようになった。この子には、統率者になる素質があったのだ。中央にいたら、歴史に残る政治家になっていたかもしれない。

 〝リリス〟に匹敵する〝連合〟側の看板なんて、まさかと思っていたが、この調子なら、十年後にはそうなっているかもしれない。いや、五年後か。

「もしかしたら俺たち、ジュンの子分になるために《エオス》に集まったのかもしれないな」

 とルークがしみじみ、言うほどである。彼は《キュテーラ》に好きな女を残してきているから(ジュンが卒業した学校の教師だ)、ここにいるのも精々、数年のことだろう。妹同然のジュンのためにここまで来たが、本来は市民社会で何の不満もなかったのだ。

「ま、おかげで、珍しい体験をしているよ」

 警備隊長を任されたエイジは、彼らしく、淡々と地道に部隊を強化しつつある。基礎訓練、出動訓練、戦闘訓練。また、都市の隅々まで巡回して、事件の芽や、各組織の内情を掴もうとしている。

 どこの店が流行り、どこの店が傾いているか。見所のある人物は。用心すべき人物は。

 エイジも郷里に婚約者がいるから(何代も続いた格闘技の道場を受け継ぎ、弟子を集めているという)、やはり、数年の辺境暮らしにすぎない。その間に、最大限、ジュンの足場を固めてやろうとしている。

 エディもまた、よくジュンに付いて回っていた。まだ二十代だから、頑張りが効く。何よりも、愛するジュンのためだ。こいつだけは、生涯、ジュンから離れまい。

 俺がジュンの側にいる必要性は、もう薄れた。鬼軍曹は、そろそろお役御免だ。

 もちろん、まだ数年は支える方がいいだろうが、その先は新しい人材も集まってくるはずだし、エディが補佐していれば、大きな失敗はないだろう。

 親父さんも、懸賞金リストから外されたのだから、もう以前のような危険はない。これからは、ジュンの名声が父親を守るはずだ。軟禁生活から解放されたら《エオス》で仕事を続けるだろう。ドナ・カイテルと再婚するかもしれないし。

 だが、俺はどうする。

 《エオス》に戻っても、そこにジュンがいないと思うと、気が抜けた風船のような感じだ。こんなざまでは、とても副長の役目を果たせないだろう。

 いっそ、船乗りなぞ辞めた方がいいのかも。貯金はあるし、何年かぶらぶらしていてもいい。何か、新しい目標を見つけるまで。たとえば、田舎で小さなホテルを経営するとか。牧場で馬を育てるとか。

 そう、これまでは、ジュンを守り育てることが、俺の最重要任務だったのだ。しかし、ジュンはもう一人で飛べる。それに付き添うのは、エディでいい。

 俺の居場所は、これから探すしかないのだ。


   『レディランサー アグライア編』15章-3に続く

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