恋愛SF『レディランサー アグライア編』14章-5
14章-5 エディ
そもそも《アグライア》の都市運営そのものが、思っていたより厳正に行われていた。既に、一世紀近い歴史を持つ都市なのだ。報告や連絡や調整は、きっちりシステム化されている。
階級制度が明確で、軍隊に近い点、かつて技術士官だったぼくには馴染みやすかった。考えてみれば、当然である。客は好き放題してもいいが、ホスト側がきっちりしていなければ、都市や店は維持できない。
公園や街路樹の手入れ、ビルや道路や水道などの維持管理、必要物資の流通、資源リサイクル、電力供給、警備部隊の巡回による治安維持など、必要な業務は定まった手順で遅滞なく行われている。
最大の問題は、ジュンが、前例のない大きな目標を掲げていることだった。
総督就任時に宣言した通り、この《アグライア》から、娼館や人身売買を追放するというのだ。
「もう、バイオロイドの殺害を禁じる布告は出してるけど、有効性は疑わしいからね」
五年の生存期限が切れたバイオロイドを船に積み込み、いったんこの都市の管理宙域を出てしまえば、もうジュンの権限は及ばない。彼らをどう処分しようと、人間たちの思いのままだ。
「だから、都市内の商売を規制するしかないんだ。最初はそこからだよ。いずれは、組織内での下働きの待遇改善を求めるけど」
将来的には、都市内に拠点を持つどの組織に対しても、そこで使われているバイオロイドたちの人権尊重を、大原則として要求していくというのだ。本人たちが嫌だと言えば、もうその仕事を強制してはならないと。
そんなことを要求したら、違法組織は軒並み、瓦解するだろう。
いや、ユージンの組織や、アレンたちの組織のように、少数の良心的な組織は生き残るとしても。
「その手始めが、娼館の禁止だよ。組織的に女を売ることは、認めないという布告を出す」
ある日の夕食時、『娼館廃止』を改めてジュンの口から聞いたぼくらは、しばらく言葉を失った。娼館には女だけでなく、少年も青年もいるが、大多数は女性バイオロイドだ。
「ジュン、それは……」
気持ちはわかる。人間に絶対服従を強いられているバイオロイドでも、生物としての本能はあるのだ。娼館に閉じ込められ、客を取らされていることは、地獄の苦しみだろう。そこから解放してやりたいというジュンの願いは、無理もない。
しかし、それこそが、違法都市の最大の存在理由ではないか。娼館を経営する各組織から、どれだけの抵抗があるか。この都市にいて商売にならないと思えば、一斉に撤退していく可能性もある。繁華街がさびれ、人口が激減すれば、ジュンはその責任を問われるだろう。
しかしジュンは、ぼくらが反対しても、聞く耳を持たない顔つきだ。
「娼館の売り上げそのものは、絶対値でいえば、たいしたことないとわかった。それがなくても、他にいい店があれば、都市としての集客はできる。誘拐されてきた市民を売り飛ばす公開市場についても、何らかの規制はかけたい。たとえば、十八歳以下は中央に帰すとか」
確かに、子供が売られて人体実験の材料にされたり、違法ポルノに使われたりするのは、あまりにも酷い。大人ならば、たとえ違法組織に買われても、そこから自分の才覚で生き延びていくことが期待できる。あくまでも、期待だが。
「これからは評判を上げて、この都市に、人間の女性を集めていきたいんだ。そうすれば、女目当ての男たちも集まってくるもの」
ジュンはいま、勢いがあるうちに、改革の端緒をつけたいらしい。
「だいたい、そんな店があるから、そんな店目当ての男がうろうろするんだよ。ガラが悪いから、まともな市民が来てくれない。あたしはね、普通の市民が遊びに来られる違法都市を目指したいの」
それは、辺境の常識を飛び越えた発言だ。惑星連邦政府としても、市民がこれ以上、違法都市に向かうことは望まないだろう。現状は、違法都市から流れてくる違法ポルノさえ、取り締まれていないのだが。
「そんなの、違法都市と言えるか」
ルークが虚しく文句をつけたが、ジュンは平気だ。
「これまでの常識を変えるんだよ。それが、小娘を総督に据える意味ってものでしょ。あたしにそれをさせたくなかったら、最高幹部会があたしを選ぶはずがない」
治安の守られる違法都市。
市民が気軽に探険に来られる魔都。
矛盾そのものではあるが、もしも実現したら、それは、かなりの革命ではないだろうか。
これまで辺境には、任務で短期間やってくる軍人や司法局員、勇敢な学者やジャーナリストなどを除けば、ほとんど片道の人口流入しかなかった。二度と市民社会に戻らない覚悟で、不老不死を求めてやってくる者ばかりだ。
たまには、極秘の買春ツアーもあるというが、それに参加する市民はかなり限られている。発覚したら、一生が台無しになるリスクがあるからだ。それに、そういう弱みを持つと、違法組織に脅迫されやすい。
だが、ごく普通の市民が、軽い好奇心で遊びに来られ、無事に帰れるようになったら。
それは、劇的な変化のきっかけになりうる。最高幹部会が、そこまで望んでいるかどうかはわからないが。
『レディランサー アグライア編』14章-6に続く