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恋愛SF『レディランサー アグライア編』13章-2

13章-2 ジュン

 バイオロイドたちに反乱を起こされたのは、人間たちが、あまりにも冷酷な扱いをしていたからだ。正当に扱うのなら(給与、休日、思想と行動の自由!!)、彼らが命がけの反乱を起こす必要はない。

「正当に扱うのなら、バイオロイドを使う利点はなくなるな」

 とユージンは冷淡に言うけれど、そうなったら、世界からバイオロイドという商品がなくなるだけだ。新たな製造はせず、既に誕生した者は自由の身にする。それでいいではないか。心を持たないアンドロイドの侍女や兵士だけでも、かなりの業務はこなせるのだから。

 この《アグライア》で手本を示せば、他組織にも少しずつ、『バイオロイドの人権尊重』を広めることはできるはずだ。

 辺境に法はないはずなのに、『五年で処分』という不文律だけ横並びで守っているなんて、おかしい。長く生かして活躍させる方が、経済的にもよほど有益なはず。

 ただ、新しい常識を広めるには、あたし自身の足元が定まっていないといけない。あたしがまず、誰からも認められる(つまり、恐れられる)立派な総督になることだろう。

 それには、この《アグライア》が住みよい都市と認められ、多くの人間を吸い寄せることが絶対条件だ。

 辺境の住民だけでなく、市民社会からの〝観光客〟も招きたい。彼らが違法都市を見物して回り、無事に市民社会に戻ることができれば、その話が周囲に伝わり、

(自分も行ってみようか)

 と思う、正の循環が始まるはずだ。

 とりあえず、中央の学者やジャーナリストたちには、あたしの名前で案内状を送ることにした。この《アグライア》を見学に来てほしいと。中央のネットに侵入する違法アクセスだけれど、その手法は幾通りもあるそうで、ギデオンがうまく手配してくれた。個人の船で、どのあたりまで来てくれれば、こちらの艦船が、軍に邪魔されず出迎えられるかも伝えた。

 もちろん、すぐに行きますという気軽な反応はなかったけれど、興味があるという応答はぽつぽつあったので、気長に待つとしよう。

 軍も司法局も、その試みをよく思ってはいないだろうが、こちらはもう〝法の外〟に出てしまった。だから、市民社会の正論がいかに吠えようと、気にしなければそれで済む。

 まあ、連日のように、

「ジュン・ヤザキは〝連合〟に洗脳された」

「不老処置に誘惑されて、悪の世界に転落した」

「最高幹部会の操り人形になっている」

 などと報道されては、親父は胃に穴が開く思いだろうけど。

 最初の就任演説以来、個人的な通話は一切していない。口先で何と言っても、親父を安心させることはできないだろう。ただ、あたしのやることを、遠くから見ていてくれればいい。

 一般の市民たちにも、いずれ伝わるはずだ。あたしが本気で、辺境の改革に乗り出しているのだと。

   ***

 あたしはほとんど毎日、現場を点検して回っていた。近傍の小惑星工場。水や資源のリサイクル施設。気候・植生管理。道路や公園、川や湖水の管理。

 何か不合理な点はないか。改革できる部分はないか。また、働く者たちには、どんな不満があるのか。問題のある職員がいて、周囲を困らせていないか。

 都市運営に関わる職員はおよそ千名いて、人間が六割、バイオロイドが四割だった。上級の管理職は人間が占め、それぞれがバイオロイドの部下を使っている。都市の巡回警備、公園や街路の清掃、設備の保守、各組織からの場所代の取り立て、トラブルの対処。

 事故や事件は珍しくなく、狙撃や誘拐は勝手にしてくれというスタンスだ。都市経営に悪影響がなければ、組織間の抗争は自由というわけ。それが違法都市。

 とりあえず、〝うち〟ではバイオロイドを五年で処分してはいないと知って、まずほっとした。ギデオンの説明では、

「事務職や警備職として使っているだけなので、心身の消耗は少ないのです。長い者では三十年以上、生きています。総督が心配なさる方面では、個人的な交際はあるかもしれませんが、組織的な強要はありません」

 ということだ。それでも改めて、

「性的な強要は禁止する」

 と組織内に通達を出した。そうすれば、違反者が出た時に、すぐ処罰できる。

「思ったより文明的で、有難いよ」

 と言ったら、ギデオンに白い目で見られた。

「市民社会の偏見ですな。中央の外には、野蛮人しかいないと思っている」

「だって、バイオロイドを奴隷にしているのは野蛮じゃない?」

「人間が少ないのだから、それを補完する労働力は、工場で生み出すしかないでしょう」

 まあ、そこはおいおい、変えていくしかない。他の大組織はどうか知らないが、《キュクロプス》やその直系組織では、バイオロイドを長く使う利点を認めているらしいので、それは助かる。

 実際にバイオロイドの職員たちと面会して、それを確かめた。人間ほどの自由度は認められていないが(自由な外出とか、他組織への移籍とか)、ちゃんと個室や休日があり、まあまあの待遇になっている。教養レベルは決して高くないが、長く働いた経験があることで、それなりの判断力もあるようだ。

 彼らはおおむね、今の境遇で満足しているらしい。大手の組織ほど、待遇は良好だからだ。もっとも、もっと出世したいとか、市民社会へ逃げたいとか、家庭を持ちたいとかいう、深い本音まで聞き出すことはできなかったけれど。

 無理な追及しはなかった。下手にそんな考えを引き出したら、あたしより上からの命令で、処刑されてしまうかもしれないもの。

「五年で処分というのが、辺境の常識なのかと思っていたけど」

 とギデオンに聞いてみた。彼は神経質なほど生真面目な管理者なのだと、今ではわかっている。メリュジーヌは、ちゃんと適材適所を実施しているのだ。

「それは娼館などで、性的奴隷として使う場合です。中小組織では、事務職を性的に搾取したりもするので、長く生かすことは、やはりできていないようですね。うちのような大組織では、だいたい規律を保っていますから、バイオロイドが早く損耗することは少ないのです」

 そうか。職種や、組織の大きさによって、バイオロイドの人生の長さが変わるのだ。

「もちろん、バイオロイドを長く使うなど、外部に宣伝などしていませんよ。冷酷なイメージが損なわれるのは、困りますから」

 冷酷なイメージだって。

「イメージ操作のために、わざと……五年で殺すって、外部には思わせてるの!?」

 黒髪のお堅いハンサムは、肩をすくめてみせた。

「せっかく経験を積ませたバイオロイドを、五年しか使わないのは経済的ではありません。市民社会では、辺境を混沌とした魔境として想像しているようですがね。大きな組織になれば、それなりの秩序が保たれているものです。でなければ、たちまち崩壊して分裂するでしょう」

 混沌として、危険度が高いのは、中小組織だけなのか。

 少し、気が抜けた。

 辺境は、あたしが思っていたほどの地獄ではない、ということか。

 まあ、あたしには、あたしの見える範囲のことしかわからない。いずれそのうち、全体が見えてくるかもしれない。もしも、長くこの世界で生きられればだが。

 それと、もう一つ発見した。メリッサと同じように、ギデオンも組織内で育った人間なのだ。大組織ほど、人材を自前で育てているらしい。だから彼らは、違法組織内でも無駄に緊張などせず、当たり前のように暮らしていられるのだ。


   『レディランサー アグライア編』13章-3に続く

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